私を乗せたディディエの車は、RER線のポールロワイヤル駅の前を通り過ぎたから、モンパルナス大通りまで戻ってきていた。この辺りの地理はそれまで通っていた語学学校があったし、大学へはバスで通うこともあってわかるのだ。
土曜日の朝6時前の大通りは車が少ない。ディディエの質問に答えているうちに6区まで戻ってきた。そう考えると、地下鉄でオーストリッツ駅で降りて、クラブに行くまでずいぶんと時間がかかったように思う。パリ市の中央部に戻ってきてもカフェが開いているような様子はなかった。それを口にすると、「でも、まあ、きっとどこかには開いてるよ」とディディはいう。赤信号で止まったところはヴァヴァン駅に近かった。角にあるカフェ、ラ・ロトンドもまだ開いていない。このカフェは幾人もの著名人が良く通ったことで知られるが、ボーヴォアールが書斎代りに利用していたと聞いたことがあるような気がする。いや、それは16区のカフェ・デュ・フーケのことだったか。
「ボーヴォアールはこの近くで生まれたでしょ?彼女がよく利用していたカフェは、そこのラ・ロトンドだったかしら、それともル・フーケだった?」
「へえ、あの女(ひと)この近くで生まれてんだ。知らなかったよ」
青になり、車が発進した。大通りの両側にはマロニエの街路樹が植えられている。もっと春が深くなるとやがて青葉が茂り、花が咲く。初夏になる前には花が咲いた後の穂が木々から落ち、何やら春に雪が降っているような気持ちになり、私は嬉しさを感じる。そんなことをディディエにしたいと思うのだが、ディディエはあまり興味がないのか、私の話はよく聞かない。フランス人は難しいとは聞くのだが、はたしてこれをさしているのか、それとも違う意味がまだあるのかわからない。「君さ、名前、よしこというの?」というディディエの声で、我に返った。
「そうよ」
ディディエは綴りを声に出して確かめ、「日本人の名前は、難しいよね」といった。
「僕にも日本人の友達がいるんだよ。まゆみっていうんだ」
フランス人には、相手が外国人というだけで敬遠する人もいれば、アジア人とわかるだけで近寄ってくる人もいる。そばにくるなり、日本語で挨拶をされると私は妙な気分になる。うまく相手の言葉が理解できないのに、わかったようなふりして会話をしなくてはならないし、かといってコリジェをしてあげると相手はひどく拗ねる。私のフランス語も同じレベルなのだろうとは思う。けれども、本当に何をいっているのかわからなくてフランス語で聞き返し、「ずいぶんと、君のフランス語はお上手だよね」といわれる時ほど、いらいらすることはない。
「彼女とは、トーキョーに行ったときに、知り合ったんだ」
ディディエは陽気にまゆみとの話を続ける。車は地下鉄デュロック駅の角を右に曲がり、セーブル通りに入った。ここから3つ目の角が、ヴァノー通りである。カフェなど見つけられずに、結局、家まで戻ってきたことになる。
つづく