「でも、まあ、その方が早くことが運んでいいかもしれない」と私は思った。ディディエとこれから出かけることに決め、家へはパスポートを取りに戻ってきたのだ。行先はアムステルダムである。
NIX NOXから出た後車に乗ってすぐ、「どうしてあのクラブに来たの、ひとりなのにさ」とディディエに聞かれた。課題が思いのほか早く仕上がったから、どこかに出かけたかったのだが、行きたい場所に出かけるには電車がなかった。それでも気分転換をしたくて、出かけた場所がNIX NOXだった。
「本当はアムステルダムに行こうと思ったの。でも、もう電車がなかったから」
「一人で?」
「そうよ、他に誘える人いないもの」
「何しに行くの?観光?」
「うーん、それもあるけど...。私が煙草吸うの、知ってるでしょ?」
途端にディディエははじけたように笑い出し、「じゃあさ、一緒に行こうよ。パスポート持ってきてるの?」と聞いてきた。家に置いてあると答えると、「それなら家に取りに行って、ホテルの予約をしてから出かけよう。ガス代とホテル代は折半ね」と話がまとまったのだ。
「ヴァノー通りだよ。君のアパルトマンは何番地?」
ディディエの質問に我に返った。今朝は私はぼんやりすることが多い。寝不足なのだろうか。
「38番地よ、その通りを越してすぐ左側」
朝が早い時刻だからか、家のすぐ目の前に駐車スペースが空いており、「幸先が良いね、すぐ近くに停められた」とディディエは喜んだ。
コードキーを入れて建物の中に入り、ふたつのガラス戸を通りぬけて、自分のアパルトマンの扉までやってきた。おしゃべりだったディディエはもう何も話さない。部屋の中に入り、ディディエを中にいれると、扉を閉めた。薄暗い室内に明かりを入れようと窓の内扉を開けると急に明るくなった。「へえ、ほんとに君んちなんだ」とディディエはいった。この男は、私の話すことは聞かないし、信用もしないのだと思った。それをいうと、ディディエは笑って、「まあ、人はほんとのことをいわないことが多いからさ」と答えた。「でも、日本人は、嘘はつかないんだね」と続けた。
「日本人だから、じゃないわ。私だからよ」
ディディエは笑って、「そうだね、君だからだね」と初めて私の話を肯定した。それに気を良くした私は、ディディエにコーヒーを勧めた。
つづく