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wii / La farine

どうにもならないのに

 電気コンロに置いたエスプレッソマシーンはしゅんしゅんと音がたちはじめ、とても良い匂いが漂ってくる。朝に嗅ぐこの匂いは大好きで、週末の朝にコーヒーをいれるのは、一番好きなひとときだった。二客のコーヒーカップを用意し、ディディエに勧める。彼は今はコンピュータを立ち上げ、ホテルの予約をしているところだった。どの辺に泊るのが良いのかと聞かれて、コーヒーショップならダムスクエアの辺りにあると答えると、私はアムステルダムには詳しいといわれた。

「あのさ、砂糖が欲しいんだけど」

 自分が砂糖をいれないし、私の周りにはコーヒーをブラックで飲む人しかいない。ディディエのこのリクエストは、それだけに驚いた。風邪のときによくはちみつをなめていたから、それでいいかというと、「いいけど、今度は砂糖を用意して」とディディエはいう。今度?おかしなことをいう男だと思うが、同時に可愛いことをいうと思った。はちみつの瓶とスプーンを渡すと、大きく2杯よそって、カップに溶かした。ものすごい甘党な男なのだと思った。ディディエが太っている理由がわかる気がした。画面を操作しながら、「だいたい、コーヒーに砂糖をいれない奴の気がしれない」とディディエはいった。お茶やコーヒーの飲み物は甘くなくては嫌だという。子供みたいなことをいうと、私は笑った。ディディエは私を見ると、同じように少し笑った。

 ホテルの場所と宿泊費を相談されて、私が承諾すると、「よし、じゃあ、ここで決まりだ」とディディエは云って、書類をプリントアウトした。私は階段をあがってベッドルームの横の棚からパスポートを探してきた。戻ってきたところで、ディディエはうたたねをしている。

「ディディエ、大丈夫?コーヒーをもう少しいれましょうか」

 ディディエは、目をこする。

「今何時?7時過ぎ?あのさ、ちょっと横になっちゃいけないかい?急に眠くなってきた。このまま運転するのは事故りそうで、嫌なんだ」

 時計は7時13分を指している。昨日からずっと眠らないまま長距離を運転するのは確かに危ない。早く出かけたいのはやまやまだけれど、事故を起こされたら困る。ソファのクッションをどければ、ディディエでも横になって眠れる。私がソファを勧めると、ディディエは顔をしかめて、「ソファで眠るのは首が痛くなるから嫌だ」という。ベッドはひとつしかないから私の隣で眠ることになるけど、それでもいいのかと聞くと、「アムスでは一緒に眠るじゃないか」といわれた。そうだ、確かにそうなのだ。私も少し疲れているのだろう。ディディエは靴を脱いで階段をあがり、ベッドカバーを大きくはずすと、洋服のまま布団に入った。私はカップを流しに持っていったあと、もう一度降りて窓の内扉を閉めた。室内はまた薄暗がりに戻り、私は転ばないように気をつけて、ベッドに上がっていった。


  つづく