靴を脱いで、ベッドのふちに座ると、ディディエはうつ伏せになって、早くも寝息を立てているようだった。靴下を脱いだとき、パジャマに着替えようか、それともディディエのようにこのまま眠ってしまおうかを考えた。服を着たまま布団に入るのは好きじゃない。シーツが汚れる気がしたし、何よりもゆっくりと眠れない。けれども、ディディエが眠りに落ちる前に、「11時に起こして。それから出発」といっていたから、3時間余りしか眠れない。ゆっくりとは眠れないほうが都合が良いのだろう。眠りすぎては、出かける時刻が遅くなる。
私はやはり疲れているのだろう。考えるポイントがずれている。隣で眠っているのは、クラブでさっき出会ったばかりの、既婚者の男だ。その男といきなりアムステルダムに行こうなどと話を決めてしまった私は、正常とはいえない。眠る時間などどうでもよい。どうにも布団に入れない。
どうしてディディエを部屋に招き入れたのだろうかと考える。私は誰に対しても割と本当のことをいう。ディディエは私の言葉をあまり信用しないが、たぶん、それはきっと性格の違いというのがあると思う。国民性の違いを理解するほど、フランス人を知るわけがないが、この国の人たちの、日本人とは違った感覚の暖かさには、時折泣きたくなるほど心を揺すぶられることがあった。
とはいえ、ディディエはフランス人の代表などではない。それでは、なぜ、この男を部屋にいれ、一緒に遠出をすることを決め、今は、眠いという本人のリクエストを聞いてベッドで寝かせているのだろうか。理由を見つけようとすると、知りたがっている答えから離れてしまう気がした。ひとつだけわかることは、本当は随分と疑り深いこの男の、あの時にはまるで疑いのない笑顔を見た気がしたからで、こんな笑顔を人に見せられる男なら、殺されることはないだろうと思った。最悪な場合で、セックスされて、それで終わりでしかない。それでも確かにひどいことだ。けれども、別にセックスくらいで済むならどうでもよいという思いは、私には少なからずあった。そこで、パスカルにマルタンを思い出した。パスカルには単純に、あつこという名前を教えた途端に彼女呼ばわりをされるような、馴れ馴れしく肩を抱いてくるところが嫌だった。マルタンは、一方、本当には一緒に遊びたいとは思ったものだ。あの美しい顔が私の肩越しに見られるのなら、それはそれで楽しかっただろう。けれども彼はまだ18歳である。いくら成人しているとはいえ、私には若すぎた。そして、昼間の私を見たら、彼は何と思うだろう。夜の恋なら、夜の間に終わらせなくてはならない。そう、彼は私には若すぎる。そして、頼りなさすぎた。では、なぜ、ディディエなのか。理由が見つかる気がして気持ちをたどっていくが、それは手に落ちた雪の、すぐにふわふわと輪郭のなくなるような様子で、後には手に水滴が残るだけのようで、ディディエを隣で眠らせていることだけしか、わからなかった。
私はこの男に惚れたのだろうか。恋に落ちたなどという言葉は、飾りすぎだ。きれいな言葉を並べる感情は長続きなどしない。辺りが暗くなるといらないことばかりを考える。やはり、私はどこかおかしい。疲れているなら眠ってしまおう。
布団をめくり身体を滑り込ませた。服を着ているとはいえ、自分の身体に心地よいポジションを探し、身体のあちこちを小さく動かて落ち着き、目を閉じた。少ししてからベッドのスプリングが大きく動き、ディディエの手が私の顔に触れた。唇にディディエのそれを感じたときは、やはり驚いた。自分のふしだらさを恥じ入り、同時に、それを肯定した。たぶん、「君は素敵だ」と囁かれたのだと思う。ディディエは私にキスをして、そのまま私の洋服を脱がして、肌が露わになったところから唇を押し当てはじめた。
つづく