自死が相次いでいる。
でもだからといって、そういった道を選んだ人責めることは私には出来ない。
生きていたらきっといいことがあるとか、今は辛くても未来はきっとよくなるとか、そんなことは他人のたわごとに過ぎない。
今よりよい未来が待っている保証はどこにもない。
生きていてもいいことが結局無かったら?
未来も今と同じまま辛いままだったら?
あの時やっぱり死ねばよかったって思うかもしれない。
その時引き留めた人を逆に責めるかもしれない。
実際私がそうだ。
死にたいほどつらいから相談してみても、当時の友達や先生には、
「生きていたらきっといいことがある」「今は辛くても未来はきっとよくなる」と言われるばかり。
その後いいこともなければ辛いままである。
みんながみんな、心の内をはき出せる人ばかりじゃない。
他人の前でも家族の前でも、別人格を演じているだけかもしれない。
本当は弱いからあえて強く見せているだけかもしれない。
全ては本人にしか、わからないこと。
そういった道を選んでしまった家族や知人に対して、なんでどうして、そうなる前に相談してくれたらって思うのは周りの人であって、当の本人は今この次元においての苦しみ・悲しみから解放されて、案外すっきりしているのかもしれない。
よく自死を選んだ人を、地獄に落ちるだの神様の元に行けないだの、生まれ変われないだの好き勝手なことを言う人が居る。
そもそも死んだあとどうなるかなんて、戻ってきた人がいないからわからない。
言うような状況になるのかもだし、全く違うのかもしれない。
でも、今、ここに居られない理由があるのだ。
世間ではいじめやDVから逃げろと、言う。
自死だって同じじゃないのか。
悩みぬいたうえでのことなのか、突発的なのか、それは問題ではない。
この世に居たくない、居られない理由があるから、あの世に逃げた。
ただ、それだけのこと。
今はただ、こちら側からあちら側に居る人が幸せであるということ想うだけである。
こういうことを言うから冷たい人だとか、信じられないとか、酷い人だとか言われるんだよなぁ。
でも宗教曲ばかりずっと歌っていると、案外こういうことばかり歌ってるんだけどな、ラテン語なだけで。