「もうこっちにおればええやん」と言ってくれる人もいた。
「どうしても一回行ってみたいねん」。
と言うて、なにかハッキリしたアテがあるわけではなく、「東京でプロの役者になる」という、一筋のおもいがあるだけで。
「あんたは石橋を叩かないで渡る人やね」と言う人もいた。そんなことはない、叩き過ぎたあと、「エーイッ」って、突っ走ってしまうだけで。
大阪・あべののバス停から夜行バスに乗りました。恋人が見送ってくれました。引き返すなら今やで……と、それまでも何度かあった分かれ道に思ったことを、そのときも思ったのかどうか。
米原あたりで雪が強くなり、止まり止まりバスは東京へと走った。暗い窓に身体を寄せて、降り続く雪を眺めながら時間が過ぎるのを待った。
たどり着いた新宿は、まだ「バスタ」なんて豪華なバスターミナルではなくて、ガランとした薄暗い地下だった。
荷物を3つ抱えて地上に出ると、街はまだしんとして、オレンジ色にまばゆく照らされていた。帰りそびれたカラスが鳴いていたような……。
やっと来た、と思ったか、
ここで生きていくんだ、と思ってたのか。
希望が1で、不安が9……だったかも、な。
それから始まるたくさんの出逢いも出来事も、ましてや、浅草で20年以上も舞台に立たせてもらってるなんて、まるで知らずに、朝の光の中で立ちつくしていた、23年前の、今朝のこと。