私ごとですが今、論文を執筆中です。

 

相変わらず

まとめるのが苦手なので、

1回目の提出の前は、4日間完徹して締切日の5日目の朝方になんとか送信。

 

 

久々の連日の完徹。

こういう風にしないと

うまく纏まらない。

 

よくない頭の作りをしているわけですが、

追い込まれてやっとスイッチが入ったかと思うと意識がなくなるので

 

後から

読み直してみて、自分で書いている実感がなく。

 

ほう!ほう!という部分と

なんじゃこりゃ!!!という部分が混在していて

なんじゃこりゃ!が圧倒的優位。。。

 

現在は、公開審査会に向けて必死で修正をしているところです。

 

地域の皆さんも

心配してくださって

「珍しい松ぼっくり見つけたよ!」と様子を見にきてくださったり。笑

ありがたい限りです。

 

あいつ、卒業できるのか?と心配してくださっていることと思い恐縮です。

 

 

自分の研究に没頭させてもらう

こんなチャンスもありませんから、やり切ります!!

 

 

それで、少しだけ内容について頭の整理を兼ねて綴ります。

 

カッコつけるなら

中山間地域(黒山)の地域福祉デザインマネジメントとでも言いましょうか

地域研究の論文執筆をしています。

 

この論文が、いつかどこかの中山間地域で地域の存続に力を入れている人たちの

参考にはならずとも

力になったらいいと願いながら書いています。

 

昨今、地域おこし協力隊なる方々が全国で活躍してますが、

それと私は違います。

ある意味真逆の立ち位置と言えるかもしれません。

 

地域に暮らし始めて、地域の方々の中から問題をみつけ

自分達でできることをやってみている。

小さなことをしています。

 

ただ、地域の人たちが一日一日を重ね生きてきた「地域」

この「地域に生きる」この「地域で生活させて頂いている」というところ

これが、私にとっては大事なのです。

 

もっと草の根な話なわけです。

 

私は、過去に

プロゴルフツアー関係の仕事をしてましたから

全国各地を回ったりしてました。

 

大概、ゴルフ場は辺鄙な場所にあるのでそういった意味でも

それ以外でもいくつかの過疎化の進む地域や限界集落を旅してきました。

 

中でも、印象に残っているのは、

 

あと10日ほどで鉄道が廃止になるという2016年11月27日に

「増毛」に行った時のことでした。

 

シケが来ていて

運転しているフロントガラスに高波が降りかかってくる

北海道の僻地の岩垣をいく。

 

ちょうど誕生日だったもので、

知人が「美味しい甘エビをご馳走しよう!」と

札幌から3時間(甘エビは、別に好きではなかった…)行ったときの話です。

 

 

増毛という居場所が、

ニシンで一世風靡したことを知りました。

 

嘗ての様子が町のあちらこちらに展示してあり

現状からは想像し難いような風景が写真や文字が残されていました。

 

酒蔵や駅をめぐり

地元の方々の寂しそうな声を聞きました。

 

「甘エビ丼」を食べに、おすすめの飲食店に入ると

店主さんが、アルバムを出してきて昔の様子を教えてくれました。

 

「昔は、この店もいつも酒盛りで盛り上がってね。

 

ただでさえ、こんなに寂しくなってしまったのに

来週には、もう電車が終わってしまうだろ。

 

若い人もみんな町から出てってしまったから、

この先、もうここはなくなるんじゃないかな。」

 

そう、話しながら、時化で明日は店を閉めるからと

甘エビを大盛りにしてくれました。

 

甘かった甘エビ…

初めて美味しいと思ったけど

 

寂しい味だったことを忘れません。

 

 

なぜ、こんなことに?

 

増毛の人たちの落胆の中に

捨て切らない一握りの希望があったことを今でも思い出す。

 

「また来てくださいね!」

各店を出るたび、そう声をかけられた。

切なる願いのような声で今でも心にこだまする。

 

海を見ると荒波の増毛を思い出す。

 

なんの因果か

その翌年明けに、このプロジェクトを立ち上げた。

 

ついでなので、記しておくと

この音×恩おくりプロジェクトは、音楽を使った地元貢献というのが主旨だ。

各人が地元を愛し、盛り上げれば日本は、きっともっと良くなると思って立ち上げた。

 

2018年、迷い込んだ黒山に移り住んだ。

 

ここも同じようにあと数年で、限界集落を迎えようとしている。

 

嘗てといっても

3,40年前まで、町の中心的な場所で

いつも人で賑わい

旅人と地域の人たちの交流が盛んで楽しい場所だったそうだ。

 

2018年3月黒山に訪れたばかりの頃、役場や地域の人たちからは

「本当に引っ越す気ですか?」「大丈夫ですか?」と疑われたほど

鬱蒼とした寂しい閑散とした観光地跡だった。

 

だが、2020年コロナ禍

自然環境に余暇と癒しを求めて

今、再びこの黒山は、黒山の人だかりとなっている。

 

しかし、昔のような地域住民と観光客の交流や地域が潤うような状況にはなく

地域住民にとっては、手放しで喜べないような状況は続いている。

 

そんな中、私は

「柚子こしょう」という一朶の希望を手にして

 

もしかしたら、この「柚子こしょう」が

地域を変えるかもしれないと希望的観測に

 

根拠という下駄を履かせる論文を書いている。

 

でも、ちょっと嬉しい発見もあった!

 

黒山で、「柚子こしょう」をつくりみやげ品とする意義が見つかった。

 

それは、

「柚子こしょう」の起源は、九州英彦山の山伏の薬草にあったということ。

 

黒山(修験道)を知ってもらい

黒山に柚子こしょうを買いに来てもらう理由が見つかった。

 

 

一部の地域の人たちと

私たち音×恩おくりプロジェクトの一朶の希望をもって

この論文を書き上げたい。

 

 

ブログ書いてないで、早く書け!!松澤!


あ!そうそう!


英彦山の山伏の子孫の方から送っていただいた資料に載っていた薬研と


同じものが


我が家にありました。


凄くない?

もしかすると先住の方が

ヤフオクで買ったのかもしれないけれど。笑





 

 

いつも応援、ありがとうございます!

 

深謝