山と人の境い目にて
【山と里の境い目にて】この越生黒山にとって重要な日「越生聖護院門跡の日」滞りなく無事に終わりました。あまり知られていないことですが、この地は、その昔、関東最大の霊場として栄えた全国二十七先達の山本坊出現よりも遥か、400年前の平安時代からの修験の歴史があります。先日、本山より頂戴した古文書などによれば山本坊が来てからは、三峰、氷川神社、高麗神社なども霞となっており、最盛期には、武蔵国に留まらず常陸、越後までその勢力を広げていた山伏集団の村です。それを遡ると平将門の後裔となるそう。京都との繋がりも深く強く今からは、想像のつかない世界がここでした。「栄枯盛衰」「歴史は繰り返される。」地域の歴史を調べていくと この言葉が何度も浮かんできます。本日の登拝、並びに無名戦士の墓でのご供養もお世話になっている戦没者遺骨収集の会ソロモン会の会長で日蓮宗寿仙院ご住職が、浅草から駆けつけて下さいました。下山後の会では、黒山の先人たちの言伝えをこれまた歴史ある「奥武蔵研究会」の会長さんが、村中にある石碑や川や谷の名前、龍神さんたち話などなどなどを身近な話題としてお話くださり、あぁ、やはりこの土地にご縁ができて有難いと思た日でもありました。それと同時に、ここまで先人達が大変な思いで守ってきたこの歴史、仏様達、道、場、智慧…町では、ここ黒山三滝を宣伝したりするものの壊れたり、盗まれたり、困ったことがあれば宗教的な場所として政教分離と一切の手助けがありません。この山、道、橋、手すりから石仏の修理、盗難、倒木…この歴史の全てが、講の文字通りこの土地の講の人たちの「血の滲む努力」で何度も崩されては、立て直し、やられては立て直しされてきた場所。山から出る時、毎回「よし!今月も無事に行って来れた。」「無事に帰って来れました。有難うございました。」という。80歳を超える方々、病や怪我を抱えながらも行者さんへ参拝します。だから、緊張が解ける瞬間です。私たちも含めて山と里の境い目で全員が、口にします。今日は、会が終わっても社務所の前で話が止まない村の皆さん方の笑顔それをみて改めてここの守り人、継承者のひとりとして大きな責任を胸に大切にしまうことが出来ました。合掌いつも応援有難う御座います