人間の大野裕之

人間の大野裕之

映画『福本清三 どこかで誰かが見ていてくれる』『ミュジコフィリア』『葬式の名人』『太秦ライムライト』
『チャップリンとヒトラー メディアとイメージの世界大戦』岩波書店 サントリー学芸賞受賞
日本チャップリン協会会長/劇団とっても便利

お仕事依頼・お問い合わせはchaplinsociety@gmail.comまでお願いします。


*映画『福本清三 どこかで誰かが見ていてくれる』京都シネマにて特別先行上映!
*『太秦ライムライト』(福本清三主演)Blu-ray発売中 公開・配給・ホール上映も承ります。
*映画『ミュジコフィリア』(井之脇海・松本穂香・山崎育三郎出演)
*映画『葬式の名人』(前田敦子・高良健吾主演)

著書
*新著『デンさんのプール 杉本傳~水泳ニッポンを作った男』(小学館)第36回ミズノスポーツライター賞最優秀賞受賞
*『ディズニーとチャップリン』(光文社新書)
*『チャップリン 作品とその生涯』(中公文庫)3刷
*『京都のおねだん』(講談社現代新書)5刷
*『チャップリンとヒトラー メディアとイメージの世界大戦』(岩波書店)第37回サントリー学芸賞受賞/11刷

*KADOKAWA「チャップリン Blu-ray BOX」アシェット「チャップリン公式DVDコレクション」監修・執筆・日本版吹き替え台本。

*『太秦ライムライト』(ニューヨーク・アジアン・フィルム・フェスティバル 観客賞、カナダのファンタジア国際映画祭 最優秀作品賞 主演男優賞(福本清三さん)、京都市文化芸術表彰 (福本清三さん、中島貞夫さん、大野裕之)他多数受賞

 

文楽は、太夫、三味線、人形が一体となって一つの作品を作り上げます。
今回、新しい文楽作品を作ってわかったことは、「三者それぞれが完全に独立し、完全に依存し合い、一つ一つが他をリードし、同時に他を引き立てている」ということです。
太夫と三味線は、互いにリードし、互いに引き立てつつ、義太夫節の言葉と音の世界を作る。素浄瑠璃で聴いても、詞章が詩であることにあらためて感動し、太夫と三味線の技巧を通して情を味わうことができます。
他方、文楽人形の三人遣いによる繊細にして大胆な動きは、世界でも類を見ない独特のアートです。
その人形について、「文楽人形はさまざまな動きや表現ができるのですが、義太夫節の中でこそ最も自由に大きく動くことができる」と勘十郎さんがおっしゃいました。今回、創作の過程で実感したのはまさにその点です。
太夫・三味線・人形の三業は、バラバラに稽古します。それぞれ別個に独立したものとして味わえるアートです。その上で、太夫の語りは三味線あってこそ輝き、太夫の語りがあってこそ三味線の音色が感情を持つ。人形は浄瑠璃の中でこそ最も生き生きする。人形があってこそ、浄瑠璃の語る情が観客の胸を打つ。
だとすれば、(聴くとか読むとかではなくて)上演する上で、どんな台本がいい台本かと問われれば、「美しい詞章」などではなく、「太夫が語りやすく、三味線がメロディを乗せやすく、人形が生き生きと動くことのできるもの」となるわけです。
 
その基準で言えば、いま私たちが使っている現代語で台本を書いてもいいわけです。実際に、現代語で書かれた台本で優れた作品は多くあります。
でも、今回は、古典文楽につながる形式を目指しました。
 
一つは、これまで述べてきた通り、「完全にチャップリンで、完全に文楽でありたい」と思ったこと。七五調で、掛詞などを織り交ぜながら、「太夫が語りやすく、三味線がメロディを乗せやすく、人形が生き生きと動くことのできるもの」を目指しました。日本語の面白さを感じる旅でした。
私はいくつかのインタビューで「近世の大坂言葉を勉強しました」と申し上げました。「その割には、近世の言葉ではなかった」というご意見もありましたが、それは当然のことで、近世の大坂言葉を踏まえた上で、今の新作として現代人にわかる範囲で、義太夫節らしいリズムと音を失わないポイントを目指したからです。
近世言葉での美文であることだけを目指せば、現代のお客さんを無視する独りよがりのものになります。舞台の上に乗せる作品にはならない。古典の文楽の形式に近づけたことと、耳で聴いてわかることの両方を目指して、初心者の方が「次は古典を見てみよう」と思うきっかけになればとも思いました。今回、そういう方がたくさんいらっしゃり、「文楽入門編にもなった」と多くの方におっしゃっていただき、とてもありがたく思いました。
友之助さんから「曲がつけやすかった」、若太夫師からも「語りやすかった」、勘十郎師からも「動きやすかった」とおっしゃっていただき、皆様のおかげで、なんとか台本の形になったのだと思います。
 
さて、そんな理由で、今回私は擬古文で書いたわけですが、なぜ擬古文なのか。
興味深いことに、幕末から明治にかけて書かれた比較的新しい時代の文楽作品の多くが、その時代に実際に使われていた言葉よりも、少し古い「擬古文」で書かれています。近松をお手本として、そこに近づけようとしたのでしょう。文楽の世界を拓くのに、わざわざ擬古文にしているわけです。「現代の言葉とは違って、ちょっと古いけど、わかる」という世界。
別な世界を拓くという意味では、私が普段作っているミュージカルに通じます。ミュージカルとは、普通のお芝居の中で歌を歌うのではなく——つまり、普通の世界に突如異質な歌が入ってくるのではなく——歌でしか創れないような別な世界を拓く営みです。文楽もまさにそうだと思います。
それはどんな世界なのか。
浄瑠璃は大坂言葉のアクセントがベースにありますが、私たちが普段使っている「大阪弁」ではない。普段使っている言葉・アクセントをベースにしながら、しかしちょっと違う音・古い言葉になっていて、それが今の現実とはちょっと違うんやけどよくわかる世界、どこにもないはずやけど、なんか共感できる世界を作っています。そこで、人形が演技をする。人形はもちろん現実の人間とは違うけど、だからこそそこには人間の真実を抽出した何かを感じる。
これこそ、チャップリンに通ずるポイントでもあります。
かの放浪紳士チャーリーは、紳士なのか放浪者なのかよくわからない、ちょっとズレた存在で、西欧の人なんだろうけど実際にあのような人はいない。彼がとぼとぼ歩く道は、今の私たちが住む現実とはちょっと違うんやけどよくわかる世界、どこにもないはずやけどなぜか心から共感できる。
どこにもない、少しズレた抽象空間だからこそ、人間の本質が浮かび上がり、チャップリンや文楽人形のような特異な身体がそれを演じ切る。これが、チャップリンも文楽も時代や国境を越えて観客の心をダイレクトに揺さぶる所以です。
つまり、チャップリンも文楽も、現実とはちょっと違う世界を拓いているからこそ、ある真実を描くことができる——その真実とは、チャップリンの描いた愛であり、文楽の描く大坂の情であり、人間が生きていく上でどうしても必要な笑いと涙です。
 
***
 
そういった諸条件を重ね合わせた上で、今回、『まちの灯』として目指すべきポイントに近づけたかどうか。
(語りやすくする過程で、昭和になってからの大阪弁も混じったのですが、それはどうだったのか。台本だけでなく、動きにおいても、たとえばお花のクドキ(女方が心情を切々と述べる聴かせどころ)的な部分は、もう少しやっても良かったのではないか、その際に背後にいた人形の動きはどうするべきか……などなど)
私は連日公演を見ながら、そのことばかりを考えていました。もし再演の機会があるとすれば、やはりそこを厳密に考え、若太夫さん、勘十郎さん、友之助さんらと、検証するところから始めなければならないと思っています。
 
以上、ここまで綴ってきました通り、文楽の伝統の厚みとチャップリンに導かれて、多くの技芸員とスタッフ、関係者の皆様のおかげで『まちの灯』は出来上がりました。本当に誰一人欠けてもできなかった、奇蹟のような適材適所だったと思います。私は皆さんの素晴らしい技にただただ感嘆するばかりでした。
初日の後のユージーン・チャップリンを迎えたレセプションで、私は司会を担当し、文楽協会、劇場、勝目さん、若太夫さん、勘十郎さん、友之助さんにご挨拶いただきました。本来なら私も挨拶して感謝の言葉を述べるべきだったと思います。でも、どうしてもご挨拶をする気持ちになれなかったのは、もはや自分が携わった作品とは思えないほど、スタッフ、技芸員の先生方の技に圧倒されて、自分なんかが言葉を述べるのがあまりにおこがましく感じてしまったのです。
というわけで、今回どれほどのことができたか心許ないのですが、作品に携わらせていただいた幸運を改めて噛み締めております。そして、ぜひ再演を願っております。

(写真提供:文楽協会)

7月19日
ユージーン一行と私は午前遅めの電車で奈良へ。『まちの灯』冒頭に大仏も出てきたことですし、東大寺に行くことにしました。駅を降りてしばらく歩くと、鹿が1頭、2頭・・デギたちは喜んで写真を撮っています。「いやいや、もう少し行くとたくさんいるんやけど」と思いながら奈良公園を進むと、案の定、一行は鹿に取り囲まれてカバンやらシャツやらあちこち引っ張られて大騒ぎ。悲鳴を上げながら鹿せんべいをあげて楽しみました。
この日はとても暑く、途中の骨董品屋さんで抹茶と葛切りをいただき一休み。「この暑さに慣れてるのか?」とユージーン。慣れるわけがない、と答えておきました笑。
みんなで東大寺に参拝。同じく古都でも、京都とはまた違った風情です。

 

 
 


 

 

 


奈良といえば、ジョゼフィン・チャップリンをお連れした時のことを思い出します。
2006年3月、ジョゼフィンの来日前は京都も大阪もずっと大雨が続いていたのですが、彼女を乗せたエールフランスが関空に着陸した瞬間、さっと雨が上がりました。その後京都で四日にわたって観光したりシンポジウムをしたり、その間は美しい青空に恵まれました。
では京都から奈良に行きましょうということで、柊家の前で車に乗り込みドアをバタンと閉めた瞬間に、土砂降りの大雨になり、奈良までの道中40分間は雨の中のドライブに。
東大寺に着いて、ジョゼフィンが車から降りようとしてドアを開ける3秒前に、雨がピタリと止み、私たちは気持ちよく東大寺に参拝しました。
私は思わず、「ジョジー、あなたは天気の女神ですね」と問いかけました。「どうして?」「だってあなたが外を歩いてる間は雨が全く降りませんよ」そうするとジョゼフィンは冗談めかして「でも天気の女神もたまには雨が欲しいかもね」。彼女がそういった瞬間、突如激しい雨が降ってきたのです。
こればかりは本当にびっくりしましたが、よく考えると、彼女のお父さんは世界中を笑わせたり泣かせたりした人なので、その娘に京都や奈良の天気を変える能力があったとしてもまぁ不思議ではないかと納得してしまった次第。
その話をユージーンたちに言って、みんなで笑い合ってジョゼフィンのことを懐かしみました。彼女は闘病の末3年前に亡くなったのです。お父さんと同じ瞳——吸い込まれそうな、深い美しい湖のような瞳を持つ素晴らしい人でした。
 

ジョゼフィンとジャン=クロード、銀閣寺にて 2006年



そんな思い出話をしながら、駅前で柿の葉寿司と三輪素麺を食べて大阪へ戻ります。その後、ユージーンとデギは難波の高島屋でショッピングを楽しみました。

 

 



夕食の前に、国立文楽劇場に立ち寄りました。公演に際して、黒柳徹子さん(日本チャップリン協会名誉会長でもあります)からお祝いのお花をいただいたと聞いたからです。
黒柳徹子さんは、1972年4月にニューヨークで開催されたアカデミー栄誉賞受賞記念の『キッド』特別上映の後、ロビーにいたチャップリンに駆け寄りました。日本から来たと聞いてチャップリンは「ジャパン!」と目を真っ赤にして、「天ぷら、歌舞伎、京都・・」と知っている限りの日本語を並べ、「日本のことは忘れない。皆さんによろしく」とおっしゃったそうです。
その美しい邂逅を説明しながら、ユージーン・チャップリン、デギ、アーノルドと記念写真。徹子さん、ありがとうございました。一同感激しました。

 

 


一行の今回の最後の夕食はすき焼き。京都・奈良・大阪の料理を存分に楽しんでもらったことになります。

 

 


ホテルへの帰り道、デギが「走る男の看板が観光スポットだそうだが、そこで写真を撮りたい」と言い始めました。グリコのことです。タクシーを止めてもらい、記念写真。「ところで、あの走る男は映画スターか人気歌手ですか?」とデギが言うので、一応「1粒300メートル」の説明をしました。ユージーンが、「走る男と言えば、他にもいたよ。今朝、鹿に追いかけられた僕たちのことだ」と冗談を言ってみんな大笑い。浜作での食事の時にNHKのカメラが来て、「箸から食べ物を落としてしまったらどうしようと緊張しながら食べた!」とデギとアーノルドが何度も思い出し爆笑。笑いの絶えない夜が更けていきます。
 
翌、7月20日
 ホテルで朝食をご一緒した後、ユージーン一行は空港行きのバスに乗り込みました。「文楽『まちの灯』公演の大成功を!ロンドンでもパリでもやって欲しい。日本に必ず戻ってきます」。ユージーンは、真剣な顔で「間違いなく、父が『まちの灯』を見たら、とても感動したことと思います」と何度も繰り返していました。
 
 『まちの灯』の初日には、7割程度のお客様がおいでくださり、関係者一同感激しました。というのも、昨今、演劇も映画も夜公演はなかなか入らないからです。文楽劇場の夏公演の夜の部(第3部)は集客に苦戦することが多いとのこと。「せっかく素晴らしいものをやっているのに」と、一ファンとしても歯痒い時もあります。
ところが、『まちの灯』はありがたいことに、多くの反響を呼んで、1週目から「今日は340人も入りました」、翌日には「今日は400人です」・・やがて500人近く入った時には、若太夫さんも「これは事件や」。劇場の関係者の中には「入りすぎてこわい」とおっしゃっている方も。
大々的に宣伝したわけでもないのに、評判が評判を呼び、動員がどんどん増えていきました。噂を聞きつけて著名なミュージシャンや俳優さんも駆けつけてくださいました。ある劇作家さんが感激して宣伝してくださったり、大御所の落語家さんが観劇なさった翌日の高座のまくらでお話しくださったりしたそうです。文楽やチャップリンのファンの方はもちろん、評判を聞いて初めて文楽をご覧になった方、コロナ以降久々に文楽劇場にいらっしゃった方・・リピーターが友人を連れて何度もおいでくださった方もたくさんいらっしゃいました。
2週目は500人を超え、600人を超え、当日券に長蛇の列ができ、テレビ収録日は当日券が無くなったとのこと。最後の週は連日満席近くなり、ラストの2日間でついに731席満員御礼となりました。

 

 

 

 

 
 



千穐楽公演の前に、制作の吉矢さんから「もし千穐楽に拍手が鳴り止まなかったら、カーテンコールをしますか?」と問われて、できればしてほしくない旨をお伝えしました。日本の舞台の儀礼的なカーテンコールは好きではないですし、なによりあのラストシーンの余韻を壊したくなかったからです。
千穐楽には言い出しっぺの一人である勝目議員が再び見にきてくれました。が、勝目さんも私も座席がないので最後尾の通路の後ろにある関係者の部屋で観劇。脚本・演出として携わった公演で、自分の座席がなくなるまで売れることほど嬉しいことはありません。
 
今回のお客さんには、文楽を初めて見るという方が大勢いました。「初めて見たけど面白かった!」と1部・2部もご覧になった方も多く、古典の名作への橋渡しの役割も果たせたようで、本当にありがたい限りです。評論家や長年の見巧者からも「ちゃんとした文楽作品になっていてよかった」とおっしゃっていただき嬉しく思いました。技芸員さん、スタッフさん、文楽協会、国立文楽劇場の皆さんも連日の大入りに、盛り上がっておられました。本当に皆さんのお力の賜物です。
 
なによりも、本作をご覧になってくださった皆様、熱烈に応援してくださったお客様、本当にありがとうございました!

 

7月18日
『まちの灯』初日の朝。まずは都ホテルから阪急電車で大阪の第七藝術劇場に向かいました。原作となる映画『街の灯』4K修復版の特別上映を七藝さんと企画したのです。満席の劇場が笑いで揺れている。これぞ映画!ユージーンもとても喜んでいました。
上映後にはユージーンがお父様の思い出を語り、アーノルドが『街の灯』の解説をしてくれました。特別な体験になりました。トークの後、鳴り止まない拍手にユージーンは「アンコールに出ようか」と冗談を言いながら退場。
その後、一行は大阪のホテルに移動。デギは十三の賑やかな歓楽街を見て、「これがヨーロッパ人の思う日本の風景です。ネットで見たシブヤに似ている」と喜んで写真を撮ってはりました。(スイス在住の方にとってはシブヤ=十三なのか!)
途中でタクシーに大阪城の脇を通ってもらい車窓からプチ大阪観光。京都とは全然違う大阪の風景を楽しんでいました。
大阪のホテルの喫茶で休憩した後、いよいよ国立文楽劇場に移動。

 


「これは文楽のために作られた劇場なのか?」とユージーンたちは興味津々。劇場前で記念写真を撮っていると大勢のお客様がユージーンを取り囲んで写真をとっていました。劇場の応接室でユージーンとアーノルドが初演への期待を語っていると、出番前の勘十郎さんがご挨拶に来られました。「ああ、東京の国立劇場で人形と握手を交わした時の方ですね!」とユージーンは勘十郎さんのことをよく覚えていて再会を喜び合いました。
 
応接室から客席へ。初日独特の緊張感。熱心なファンがユージーンに話しかけ、ユージーンはにこやかに応じます。
1本目の出し物は、『寿柱立万歳』。楽しいお祝いの演目です。
実は、僕は公演の企画段階で、『まちの灯』の上演にあたっては、『まちの灯』だけを上演するのではなく、古典作品と一緒に上演してほしいと、お願いしていました。新作企画を上演しておしまい、というのにはしたくない。今回、初めて文楽をご覧になる方に、ぜひ古典にも触れてほしい。そして、『まちの灯』を入り口に、できれば古典作品にも興味を持ってほしいと思ったのです。『寿柱立万歳』の、太夫と三味線がずらりと並んでの演奏と人形の快活な演技に、初めて文楽をご覧になる方も興味津々で、会場の熱気も高まります。
 
15分の休憩の後、『まちの灯』開演前、ユージーン・チャップリンの来場を告げるアナウンスが流れ、ユージーンとデギが立ち上がって手を振って応えました。会場は沸き立ち、その後もしばらくざわめきがおさまらないほどでした。
胡弓と三味線の調べ——友之助さんがこだわり抜いた序曲が聴こえてきました。いよいよ公演が始まります。床が回って希太夫さんと清公さんが姿を見せると大きな拍手。冒頭の大仏のシーン、幕が上がり大仏の手の上に与次郎の足が見えると笑いに包まれました。そして、与次郎が体を起こして、ちょび髭をたくわえた人形の顔が舞台に姿をあらわした瞬間、盛大な拍手がわきおこりました。かつて人形が顔を見せた瞬間に拍手が起こったことなんてあったでしょうか。みんながこの瞬間を待っていたのです。与次郎が、チャーリーが、私たちの前に現れてくれるのを、心待ちにしていたのです。目頭が熱くなりました。
希太夫さんと清公さんは着実に芝居の土台を築いてくれます。続く亘太夫さんのキャラクターと燕二郎さんの勢いある技巧が光る。緊張と興奮と楽しさとであっというまに前半が終わり休憩。

 


休憩中、周囲から「面白い!」とお客さんが興奮気味に話す声が耳に入ってきます。ユージーンもアーノルドも満面の笑み。
後半が始まり、若太夫さんと友之助さん、そして出遣いで勘十郎さんが姿を見せたとき、御三方へ万雷の拍手が。
勘十郎さんは、いつもの確信に満ちた名人の目ではなく、たとえるなら生きるか死ぬかの命をかけている人の目をしていました。それまで培ってこられたことの全てを投じているのがこちらにも伝わってきたのです。
これはおそらく僕にしかわからないことかもしれませんが、勘十郎さんの与次郎の動きの中には、チャップリンの『街の灯』ではない別の映画での動きからもヒントを得たものもありました。チャップリンの動きも全て体に入れた上で与次郎を遣っておられる。まさに持てるもの全てを注ぎ込んだ演技。
友之助さんの、水を得た魚とはこのことかと思わせる生き生きとした演奏、邦楽の美しさと洋楽のエッセンス、互いが互いを引き立てる絶妙なブレンド。彼もまた自身の全てを詰め込んでいらっしゃる。
それはおそらく若太夫さんも同じでしょう。古典作品、とりわけ世話物で聞かせる大坂の情とご自身の新作で挑まれている冒険心。優しさと哀しみ。師の真骨頂です。
勘彌さんの、単に可憐というだけにはとどまらないお花の人間としての美しさ、簑二郎さんの勘右衛門のコミカルに芝居を引っ張るドライブ感、玉助さんの人間味ある悪役の巧さと絶妙なテンポが、与次郎との掛け合いを通じて作品のテーマを立体的にしてくれます。
むろん、冒頭のコメディでお客を『まちの灯』の世界に引き込む玉佳さんの久兵衛と勘介さんの僧侶、出てきただけで与次郎を際立たせて爆笑を巻き起こす玉勢さんの太目山、一場面ながら世間の厳しさと人情とを見せる玉路さんの役人、やはり一場面の出演で時代の移り変わりと娘の夢を見せてくれる和馬さんの西洋服の男。そして、紋臣さんによる、原作と同じく市井の人の視点を映す一つの要であるお花の母の造形の巧さ。
さらに、女中、瓦版売り、木戸の男、ラストのボロボロになった与次郎に石を投げる男などツメ人形に至るまで、本当に素晴らしかった。

 


いよいよ大詰。若太夫さんと友之助さんの味わい深い素浄瑠璃に続き、すっかり目が見えるようになったかわいらしいお花、そして橋の上に牢屋を出た与次郎がとぼとぼと歩いて、橋の欄干にやっとのことで手を掛ける——そこからラストまでは息もできないほどの緊張感で会場は静まり返ります。そして最後、「この手この指、この温もりにお花の心の目が開く」。まちの灯のなかの二人。初日のラストは、幕が引かれ始めた瞬間、劇場が揺れるほどの拍手。堰を切ったように拍手がなだれをうったとでも申しましょうか。三味線も聴こえず、幕が閉まり切ったあとの鳴り物がなってもまだ拍手が続いている。(前回までに書いた通り、ラストはとりわけこだわって何度もやり直した部分なのですが、本番の仕上がりはやはり当初のプランを軽く超えてきました。)

 


それにしても、あんな拍手を聞くのは生涯で何度あるでしょうか。僕の記憶のなかでは、中座で片岡孝夫(現・仁左衛門)さんが大病からご復帰なさった時の『お祭り』か、ロンドンのアデルフィ劇場でチタ・リヴェラの『シカゴ』初日か、エレイン・ペイジの『サンセット大通り』千秋楽かぐらいか。素晴らしい初日でした。ユージーンは、父チャップリンと同じ笑顔で熱烈な拍手を送りながら、何度も「おめでとう、おめでとう、よくやった!素晴らしい!」と言ってくれました。
 

 
 




終演後のレセプションで、ユージーン・チャップリンは文楽『まちの灯』に
「父が見たら、心を打たれたことでしょう」と熱烈な賛辞を送りました。
そして、人形になった父と対面。チャップリンを敬愛してやまない桐竹勘十郎さんはユージーンと固く握手。豊竹若太夫さんは床本にサインをもらっていました。
 

 
 


その晩、ユージーン、デギ、アーノルドと場末の居酒屋で遅くまで語り合いました。いつまでも初日の興奮がさめることはありませんでした。