文楽は、太夫、三味線、人形が一体となって一つの作品を作り上げます。
今回、新しい文楽作品を作ってわかったことは、「三者それぞれが完全に独立し、完全に依存し合い、一つ一つが他をリードし、同時に他を引き立てている」ということです。
太夫と三味線は、互いにリードし、互いに引き立てつつ、義太夫節の言葉と音の世界を作る。素浄瑠璃で聴いても、詞章が詩であることにあらためて感動し、太夫と三味線の技巧を通して情を味わうことができます。
他方、文楽人形の三人遣いによる繊細にして大胆な動きは、世界でも類を見ない独特のアートです。
その人形について、「文楽人形はさまざまな動きや表現ができるのですが、義太夫節の中でこそ最も自由に大きく動くことができる」と勘十郎さんがおっしゃいました。今回、創作の過程で実感したのはまさにその点です。
太夫・三味線・人形の三業は、バラバラに稽古します。それぞれ別個に独立したものとして味わえるアートです。その上で、太夫の語りは三味線あってこそ輝き、太夫の語りがあってこそ三味線の音色が感情を持つ。人形は浄瑠璃の中でこそ最も生き生きする。人形があってこそ、浄瑠璃の語る情が観客の胸を打つ。
だとすれば、(聴くとか読むとかではなくて)上演する上で、どんな台本がいい台本かと問われれば、「美しい詞章」などではなく、「太夫が語りやすく、三味線がメロディを乗せやすく、人形が生き生きと動くことのできるもの」となるわけです。
その基準で言えば、いま私たちが使っている現代語で台本を書いてもいいわけです。実際に、現代語で書かれた台本で優れた作品は多くあります。
でも、今回は、古典文楽につながる形式を目指しました。
一つは、これまで述べてきた通り、「完全にチャップリンで、完全に文楽でありたい」と思ったこと。七五調で、掛詞などを織り交ぜながら、「太夫が語りやすく、三味線がメロディを乗せやすく、人形が生き生きと動くことのできるもの」を目指しました。日本語の面白さを感じる旅でした。
私はいくつかのインタビューで「近世の大坂言葉を勉強しました」と申し上げました。「その割には、近世の言葉ではなかった」というご意見もありましたが、それは当然のことで、近世の大坂言葉を踏まえた上で、今の新作として現代人にわかる範囲で、義太夫節らしいリズムと音を失わないポイントを目指したからです。
近世言葉での美文であることだけを目指せば、現代のお客さんを無視する独りよがりのものになります。舞台の上に乗せる作品にはならない。古典の文楽の形式に近づけたことと、耳で聴いてわかることの両方を目指して、初心者の方が「次は古典を見てみよう」と思うきっかけになればとも思いました。今回、そういう方がたくさんいらっしゃり、「文楽入門編にもなった」と多くの方におっしゃっていただき、とてもありがたく思いました。
友之助さんから「曲がつけやすかった」、若太夫師からも「語りやすかった」、勘十郎師からも「動きやすかった」とおっしゃっていただき、皆様のおかげで、なんとか台本の形になったのだと思います。
さて、そんな理由で、今回私は擬古文で書いたわけですが、なぜ擬古文なのか。
興味深いことに、幕末から明治にかけて書かれた比較的新しい時代の文楽作品の多くが、その時代に実際に使われていた言葉よりも、少し古い「擬古文」で書かれています。近松をお手本として、そこに近づけようとしたのでしょう。文楽の世界を拓くのに、わざわざ擬古文にしているわけです。「現代の言葉とは違って、ちょっと古いけど、わかる」という世界。
別な世界を拓くという意味では、私が普段作っているミュージカルに通じます。ミュージカルとは、普通のお芝居の中で歌を歌うのではなく——つまり、普通の世界に突如異質な歌が入ってくるのではなく——歌でしか創れないような別な世界を拓く営みです。文楽もまさにそうだと思います。
それはどんな世界なのか。
浄瑠璃は大坂言葉のアクセントがベースにありますが、私たちが普段使っている「大阪弁」ではない。普段使っている言葉・アクセントをベースにしながら、しかしちょっと違う音・古い言葉になっていて、それが今の現実とはちょっと違うんやけどよくわかる世界、どこにもないはずやけど、なんか共感できる世界を作っています。そこで、人形が演技をする。人形はもちろん現実の人間とは違うけど、だからこそそこには人間の真実を抽出した何かを感じる。
これこそ、チャップリンに通ずるポイントでもあります。
かの放浪紳士チャーリーは、紳士なのか放浪者なのかよくわからない、ちょっとズレた存在で、西欧の人なんだろうけど実際にあのような人はいない。彼がとぼとぼ歩く道は、今の私たちが住む現実とはちょっと違うんやけどよくわかる世界、どこにもないはずやけどなぜか心から共感できる。
どこにもない、少しズレた抽象空間だからこそ、人間の本質が浮かび上がり、チャップリンや文楽人形のような特異な身体がそれを演じ切る。これが、チャップリンも文楽も時代や国境を越えて観客の心をダイレクトに揺さぶる所以です。
つまり、チャップリンも文楽も、現実とはちょっと違う世界を拓いているからこそ、ある真実を描くことができる——その真実とは、チャップリンの描いた愛であり、文楽の描く大坂の情であり、人間が生きていく上でどうしても必要な笑いと涙です。
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そういった諸条件を重ね合わせた上で、今回、『まちの灯』として目指すべきポイントに近づけたかどうか。
(語りやすくする過程で、昭和になってからの大阪弁も混じったのですが、それはどうだったのか。台本だけでなく、動きにおいても、たとえばお花のクドキ(女方が心情を切々と述べる聴かせどころ)的な部分は、もう少しやっても良かったのではないか、その際に背後にいた人形の動きはどうするべきか……などなど)
私は連日公演を見ながら、そのことばかりを考えていました。もし再演の機会があるとすれば、やはりそこを厳密に考え、若太夫さん、勘十郎さん、友之助さんらと、検証するところから始めなければならないと思っています。
以上、ここまで綴ってきました通り、文楽の伝統の厚みとチャップリンに導かれて、多くの技芸員とスタッフ、関係者の皆様のおかげで『まちの灯』は出来上がりました。本当に誰一人欠けてもできなかった、奇蹟のような適材適所だったと思います。私は皆さんの素晴らしい技にただただ感嘆するばかりでした。
初日の後のユージーン・チャップリンを迎えたレセプションで、私は司会を担当し、文楽協会、劇場、勝目さん、若太夫さん、勘十郎さん、友之助さんにご挨拶いただきました。本来なら私も挨拶して感謝の言葉を述べるべきだったと思います。でも、どうしてもご挨拶をする気持ちになれなかったのは、もはや自分が携わった作品とは思えないほど、スタッフ、技芸員の先生方の技に圧倒されて、自分なんかが言葉を述べるのがあまりにおこがましく感じてしまったのです。
というわけで、今回どれほどのことができたか心許ないのですが、作品に携わらせていただいた幸運を改めて噛み締めております。そして、ぜひ再演を願っております。
(写真提供:文楽協会)
