日本という国の絆を失ってしまった | 人生が変わった30代からの習慣

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●日本という国の絆を失ってしまった




こんにちは、小野尾です。




今回は日本人の教養講座として、「どうして日本人は日本精神を失ったのか?」の第二回目をお送りします。




ですが、まだ十分に内容を整理しきれていませんので、お伝えしたいことを、そのポイントと参考書籍の文章をご紹介します。






ポイント




・古来より天皇は国民を「おおみたから」として大切にしてきた。日本は天皇を中心としてまとまりのある、一体感のある国だった。




・その一体感が日本らしさであり、日本人の精神的強さの源となっていた。




・日本人の精神的強さを恐れたアメリカが占領政策によって、日本の一体感を壊そうとした。そこで、国家と国民が対立するという考え方を日本に持ち込んだ。




・戦前より、日本のような君主制を否定する考え方も日本に入ってきていて、天皇を中心とする一体感のある国という考え方を否定する考え方が戦後の日本に浸透してきている。




・アメリカ流の個人主義が持ち込まれ、天皇を保護者とする大家族的発想だけではなく、家や家庭というい絆、個人よりも公を重んじる心が失われてしまった。






参考書籍の抜粋




■小堀桂一郎著『さらば東京裁判史観』、PHP文庫より





①戦勝国アメリカはポツダム宣言とその延長線上に展開した東京裁判を通じ、日本の「国家」「国民」を分断し、この両者を敵対関係におくことによって、今次の戦争に於ける侵略という罪過の責任を国家の方のみに負わせ、国民は国家に瞞されていた、むしろ被害者の側に立つ者ということにして直接の責罪からは免除しようとした。




但し、国家には顔がないのであるから、その国家を壟断していた一握りの犯罪的軍閥なるものを想定し、彼等個人個人の顔が即ち国家の顔であるということにしてこの一団を断罪する方針をとった。




②マルクス主義経済学者・社会科学者達が、歌う様に脅かす様に奏で続けたソ連・中共賛美の調べは、それは実は東京裁判史観の本質的性格の一つである国家と国民との分断・対立という図式に狡猾に便乗した際物であった。




■小堀桂一郎著『国民精神の復権』、PHP研究所より



①連合国側は、日本国民は一部の軍国主義者たちにだまされ、侵略戦争の暴挙に引きずり込まれた、不幸な人々なのだ、という論法を操って見せている。これによって日本国民一般と一握りの犯罪的軍閥という存在を対立させ、国内の分断を図る




②この論法は人間が誰しも有している精神的弱点を実に巧妙に衝いている。国民の多くのものが、殊に知識人が、この罠にとびついた。―君たちに罪はない。真犯人は一握りの軍属主義者たちで、君たちも亦その被害者だったのだ―と。この誘惑的な綱の一端に飛びつけば、彼らは自分が免罪されることを覚った。




③国際共産主義は成立の初期の段階から世界中のあらゆる君主国を念頭に置いて、君主制の打倒という目標を標榜しておりました。





④抑々社会主義・無政府主義・共産主義等の詭激なる思想は、究極に於てはすべて西洋近代思想の根底をなす個人主義に基づくものであって、その発現の種々相たるに過ぎない。




個人主義を本とする欧米に於ても、共産主義に対しては、さすがにこれを容れ得ずして、今やその本来の個人主義を棄てんとして、全体主義・国民主義の勃興を見、ファッショ・ナチスの擡頭ともなった。




即ち個人主義の行詰りは、欧米に於ても我が国に於ても、等しく思想上・社会上の混乱と転換との時期を将来してゐるということが出来る。









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