・私にとっては、予測できる、決まりきった毎日というのは耐えられない。人生は、思いがけないことが起きるから豊かだといえるのではないだろうか。そして、他の人に思いがけなさを贈ることが、本当の喜びなのではないだろうか。


・毎日、新しい発見があり、新しい出会いがあり、新しい刺激がある。


・仕事以外の楽しみも必要だ。ただ死なずにいることと、生きることとは同じではない。何もしないで寝ているだけなら、生きていることにどういう意味があるというのだろう。


・いずれにしても、困難に出会ったとき、それを「いまこそ自分が成長する機会なのだ」ととらえなかったら、何年生きたって人間は成長しないではないか。


・一元的な価値観を他に押しつけようとする人たちが多いのは困りものである。「結婚の幸福」があると同様に「結婚しない幸福」もあるのだし、「子どもを持つしあわせ」と同様に「子どもを持たないしあわせ」も存在するのである。


・食事をとれる、ということは、生きていることの重要な証なのだ。あと何度食事をとれるか分からないという状況にあるからこそ、一食一食が祝いごとのように感じられる。


・こうして、一つずつ死を死んで、死の積み重ねが、最後の死へ私たちを導いていくのだと思う。一つ一つの死は、十分に悼んでやらなければならない。一つ一つの死には、それに先行する、一つ一つの輝かしい生が存在したのだから。


・私たちは、喪失体験を通じて大きく成長する。だから、私もこの喪失体験を通じて成長したいと願う。


(千葉 敦子)