Mariah Carey / Always Be My Baby | 音楽日記 & バンコク日記

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$― 音楽日記 ―(台湾、香港、韓国、英語 等)                          -Mariah Carey / Always Be My Baby Always Be My Baby
   1.Always Be My Baby(Def classic radio version)
   2.Always Be My Baby(Always club mix)
   3.Always Be My Baby(Dub-a-baby)
   4.Always Be My Baby(Groove a pella)
   5.Always Be My Baby(ST dub)

 調べてみるとBillboard Club Play Chart1位獲得数の最多はMadonna。90年代に入ってPops Chartで思ったように動けなくなり、かねてから強かったClub Playに特化したMadonnaがダントツなのは納得。2位がJanet Jackson。ここも納得。3位にはWhitneyが来ると思いきや、意外とClubイメージの少ないMariah Careyが15曲で3位となっている。
よく調べてみるとPops路線時代(3rd Album「Music Box」までに)Madonnaの「Erotica」、最初のBest盤「The Immaculate Collection」の共同Produceを筆頭にMadonnaやJanet JacksonのRemixをしていたShep PettiboneがRemixをしていた「Someday」、来日報道の度に流れる「Emotions」、「Dreamlover」、C+C Music FactoryがRemixをした「Anytime You Need A Friend」と4曲だけなのが結構意外。その後は4th Album「Daydream」の1st Singleだった「Fantasy」、5th Album「Butterfly」の1st Singleだった「Honey」、初のBest盤となった「#1's」の「I Still Believe」のあとは、復活作となった「Through The Rain」までClub Play 1位作が無い。
簡単に言うと、90年~94年で6曲、95年~99年で1曲、00年~04年で1曲、05年~09年で7曲。
これは、95年からMariahがR&Bへ転向した時期で、黒人の血が入っているにも関わらず肌の色が白いから白人とみなされR&Bで思うように動けず、R&B Chartだけを意識して白人の強いClub Playを意識しなかった時期でもある。しかし、この時期のMariahはHouse Remixを作るほとんどの楽曲にDavid Moralesを起用し「Heartbreaker」では大御所Junior Vasquezを起用しているものの、「My All」5位、「Heartbreaker」5位とChartから見放された時期といっても過言ではないのだろう。

 このSingleもそのようなChartから見放された曲の1つである。RemixerはDavid MoralesとSatoshi Tomiie。このHouse Remixは後にリリースされるThe Remixesにも収録されず、Def Classic Radio Versionは欧州のCD Single2にのみ収録されている。
 
 でも、House Remixにしてもそこまで明るくならないから結局はClub Play1位にはならない運命な曲なのかも… でもRemix Albumに入れるには最適な曲だと思うんだけど。