友人にお願いしまして一緒にテニミュの映画祭に行ってきます!
地元で放送されるということなので今年最後の贅沢ですっ!多分(笑
誰が出演の回か言っちゃうと地元ばれるので言いません~
誰も見てないとはいえ、だれも見ていないからこそいろいろかけてるここでは書きたくないんですよねえ…
愚痴愚痴しづらくなるし。
明日楽しみっ。
久し振りの友だちにも会えるし!
友人にお願いしまして一緒にテニミュの映画祭に行ってきます!
地元で放送されるということなので今年最後の贅沢ですっ!多分(笑
誰が出演の回か言っちゃうと地元ばれるので言いません~
誰も見てないとはいえ、だれも見ていないからこそいろいろかけてるここでは書きたくないんですよねえ…
愚痴愚痴しづらくなるし。
明日楽しみっ。
久し振りの友だちにも会えるし!
震災当時、どこのテレビ局も震災時の映像、避難先の映像で家族や小さい従弟皆気が滅入ってました。
そんな時にラジオから流れてきたアンパンマンの歌にどれだけ救われたことか。
従弟などまだ3歳。ただただ怖い思いをしていた従弟がその時ふと笑顔になって嬉しそうに縦ノリしていたという話を忘れられません。
のちに聞いた話ですが、私の友人やその親、周りの小さい子達がそのラジオを聞いてとても安心したそうです。
私も従弟も位置的に内陸ではあったもののライフラインは全滅。心も体の病んでいく、そんななかで私達の心を明るくしてくれたのは幼いころからずっと正義の味方でいてくれたアンパンマンでした。
その生みの親、やなせたかし先生が亡くなられたという話を聞いてどうしてもこのことを伝えたかったのです。
私を始め、小さい従弟や母、そのほかのあのラジオを聞いていた人たちに元気をくださってありがとうございました。
アンパンマンには笑顔、元気、思いやり…色々なことを学びました。
それは世代を超えて学ばれていることです。
震災のことはほんの一例?です。今は年を取り、大きくなって多忙になり、アンパンマンを見る機会は減りましたが、それでもアンパンマンをみると頑張ろうと何度も思えました。
やなせ先生。貴方の描くアンパンマンが好きでした。テレビに出演された時のあのアンパンマングッズを背に語るはつらつとした笑顔が忘れられません。
出来る事なら、本人に直接伝えたかった。
いつも助けられてました。ありがとうございました。
今日は鍵がなくて学校行けませんでした(泣
生きたくなかったってのもあるけど。
明日は頑張って行きます。
話は変わりますけど私って最近眼鏡なんです。
コンタクト2week使ってるから区切り良い所でシフトチェンジ中です。また戻りますけど。
ド近眼の私は、眼鏡とかコンタクトを外すと世界がすごくぼんやりするんです。
それが私はすごく違和感なんです。
視力悪くなり始めてすぐ眼鏡をつけ始めたから、何かが眼前に無い世界ってのはすごく変なんです。
でもすごく心地いい。
それでも私はその世界じゃ普通に生活することができないから。眼鏡とかコンタクトっていうフィルターを掛けるんです。
そんな世界でずっと生活してきたから、色眼鏡とは違うけど素の自分で世界を見れてないんじゃないかなあって思うことが時たまあります。
それでも私はこの世界がすごく好きです。もったいないって思うけど。それが私の世界だから。
なんて、ぼんやり矛盾を考えながらゆっくりお外を歩くのも悪くない。