2月22日スカイツリー
今日は 東京でした スカイツリー 594メートル に成長
前回 1月27日は550メートルでした
荒川の川面がきらきら輝いてきれいです
湾岸線を走り 国際線にリニューアルされた羽田空港に向かいます
羽田空港新国際線ターミナルに飾られた大きな立派な雛飾り
3階レストラン街の中心に飾られています
江戸町街屋風に再現したレイアウトが人気で外国へ旅立つ方ばかりでなく
空港に観光に来る方が 観光バスで大勢来て 東京の新しい人気スポットになりました
空港内の写真は省かせていただきます
隅田川に架かる 駒形橋 を渡り浅草浅草寺へ
赤い橋は 言問橋 戦争で焼け落ちた橋再建にかけた都民の情熱を赤で表現しているそうです
墨田区の有名なビルとスカイツリー
改修を終えて美しい彩色が施された浅草寺本堂
これは 何でしょう?
雷門の大きなちょうちんの真下の彫刻です ちょうちんは松下電器の寄贈です
靄がかかって大きなきれいな夕陽が川面にきらきら・・・
夕陽の街 黄昏のシルエット
東北自動車道を走りながら 沈み行く夕陽を見送りました
音楽を聴きながら
今日は 宇都宮にいる娘の家に行き ”おばあちゃん”してきました
片道1時間半 先ほど夜道を走って帰ってきました
高速を使うこともできますがそれでも一時間 なので いつも普通の道を走ります
そういえば 去年の今頃 1月から3月までの三ヶ月 家と宇都宮を往復する日々でした
娘が切迫早産の危機で入院のため 上の孫の世話に通いました
上の孫は1歳8ヶ月で母と離れ 月曜から金曜まではほとんどわたしと過ごし
土曜・日曜は父親と過ごしました
父親が育児をすることを イクメン というそうですね
娘の夫である若い父親は本当に家事も育児も一生懸命で頭が下がります
慣れない育児 いろいろありました あれから一年子供の成長は早いです
そのころのことを懐かしく思い出します
その後 無事生まれた孫娘も おかげさまで順調に育って 初節句を迎えます
宇都宮から家まで一時間半の道のり
そして 車を運転のときはいつも
大好きな秋元順子さんの曲は ファーストアルバム セカンドアルバム サードアルバムから
好きな曲をセレクトして お気に入りCDにして聴きます
洋楽のCDも クラッシックピアノ曲も
好きな曲 好きな音楽があるから 長い時間一人の道も退屈しないで走れます
暗い寂しい道も泣かないで勇気を持って走れます
音楽はなくてはならない友達です
短歌と句 夢醒めて
日本人はなぜ歌が好きなのか という放送がありました
なぜ?何故?
短歌も 今の歌謡曲 ロック ポップス フォーク 演歌もクラッシックもそのほかのジャンルすべて
人の心を歌うから 誰の心にもある 普通の想いを共感するからでしょう
心の叫び つぶやき 告白 懺悔 恋の悩み 愛の苦悩 生きる楽しみ 生きる苦しみ
いろいろな心模様を 隠さず 言葉で語るから 人の心に響くのでしょう
そして 自分の思いを人に聴いてもらいたいという願いもこめて歌詠み人は歌をうたうのでしょう
夢醒めて 寝ざめの床の 浮くばかり 恋しきと告げよ 西へ行く月
更科日記
女性が 女性を懐かしく思って詠んだ歌です
同じ時期 宮廷に仕えて仲良くしていた友人が 事情があり西のほうに行ってしまった
どうしているか? 無事でいるか? 幸せにしているか?
懐かしさと恋しさで 思い出されます 眠れなくて目が覚めてしまった
空の月よ これから 西の空に沈み行くなら どうか この思いを伝えてくださいね・・・・・
今のように交通の便もなく 手紙も自由ではなく 電話も ましてメールなんて考えられない時代
男女であれ 夫婦 男同士 女同士 親子 音信を確かめたくても不自由です
空の月 星 雲 風 鳥 自然に想いを乗せていたのでしょうね
世の中に 混じらぬとには あらねども 一人遊びぞ 我はまされる
良寛
人の世のしがらみ 避けて通れない義理 人付き合いも
友人との語らいも楽しい 友人と交友するのも大切なことと思います
けれど 音楽を聴いたり 本を読んだり 絵を描いたり 一人の時間も大切に楽しめます
一人でも退屈はしません ね! 良寛さま
散るさくら 残るさくらも 散るさくら 良寛
はらはらと散り行く桜 まだ枝に残る桜 まるで明暗のように思うけれど
残って 咲いていても いずれは散るが定めの 同じ桜
人間も 先に命を終える人 後に残る人 それは誰にも予想はつかないけれど
早いか 遅いかは わずかな時間 大差なく命は終わります
死ぬまでは生きられます 心配しないで楽しい夢を見ましょうね








