地震はすぐ終わった。テレビに地震速報の字幕が表示され、震源は震源は秋田県北部で秋田市は震度2とのことだった。テレビを何気なく見ていると、いきなり画面が真っ黒になった。はじめはテレビが壊れたのかと思ったが、放送事故の可能性があることに気がついた。で、1分ぐらいテレビの様子を見ていただろうか。

いきなり、いつも出ているニュースアナウンサーと見たこともない40歳ぐらいの男性がテレビに映った。放送事故だったらしい。

『臨時ニュースを申し上げます。秋田県秋田市の共産党秋田支部が爆発しました。事故なのか事件なのかは調査中です』

ぼくは浪人生になったが、夜型の生活にはならなかった。

ぼくの母は保険の外交員だが、昼ご飯を作ってから仕事へ行ってくれていた。

そして、浪人生の夏が来ていた。

そんな日にぼくは受験勉強に区切りをつけ、昼ご飯にすることにした。

台所のテレビでバラエティ番組をかけ、味噌汁を暖めて、おかずをレンジでチンして食べ始めた。

ごはんを食べ終わって、食器を流し台へもって行くと地震が起こった。テーブルの下にもぐろうかと考えているうちに地震は終わった。

ぼくの中学校で不登校をしていたのは、ぼく一人ではなかった。学校へは、10組ぐらいの不登校の子供をもつ親が来ていた。

「あなたの子供は一緒に来るのだから、いい。わたしの子供はこういう時でも来ない」

と、ぼくの親は言われた。不登校で本人が卒業証書を受け取りにきたのは、ぼくだけだった。

学校は予備校を紹介した。

予備校は週3日で午後の7時から9時までだった。ぼく以外は現役の中学生だった。予備校は勉強していればいいだけの所だった。

ぼくは産まれ変わったような気がしていた。