ぼくの病院の診察券をみると初診は平成2年の6月2日になっています。母に病院につれていかれたのはその日でしょう。ぼくは待合室で大人しく待っていたのです。
そして、その2か月後にベッドに横になっているのに気づくまで、記憶がないのです。
ベッドに寝かせられているぼくは頭蓋骨の集団に睨まれているという感じを持ちました。怖いと思いました。えいっとその頭蓋骨に手で追い払うようなしぐさをしたと思います。すると相手はカメラだと分かりました。
檻の中で「ぼくを退院させろ」と叫んだ記憶もあります。
毎日、看護士が部屋に入ってきて、ぼくに注射を打っていきました。保護室という一人部屋に入れられていたのです。保護室は看護師の人は隔離室と呼びます。
そして、その保護室から出てもいいという時間を与えられました。そして、いつのまにか2か月も過ぎていたことを知ります。ぼくは慌てました。ぼくはトラックをローンで買ったばかりでローンを払うために働かないといけなかったからです。あとで、ローンは親が払ってくれていて、途中でトラックは売られることになりました。
そのぼくが連れていかれた市立病院から、ぼくはいきなり叫び出したので看護師が麻酔を打ち、いまも通っている精神病院へ救急車で搬送されたのでした。ぼくは泡を吹いていたとか聞きました。
いまから考えると仕事の心配はしないで、ゆっくり本でも読んでいればよかったと思います。精神病は治ったことにしてもらえません。その時にぼくの人生の半分以上は終わっていたのです。