「対局したいのであれば、一人しかいない部屋に入って申し込めばいい」

「いいえ、ちょっと見学することにします」

ぼくは人がたくさんいる部屋に入ることにした。

「じつは、ぼくは囲碁を見ても意味がわからないんだ」と池田さんは言った。

チャット画面を見ると、「46」とか打ち合ったりしている。

「46って、死?」

「いや、よろしくって意味さ」

キーボードがうまく打てないのか? それとも、これが常識なのかぼくには分からなかった。

「誰かと対局してもいいですか?」

「ああ、一人でいる部屋に入るといい。誰もいない部屋で待っていてもいいがな」

一人で待っている人がいる部屋に入って対局する。そう難しい操作ではなかった。で、負けてしまった。

「すみません。でも、戦歴が残るのですね」

「この戦歴はじつは、夏樹くんが作ったんだ。ぼくは普段、ヤフーでゲームをしない。気にしなくていい」

「秀タームって、もっていますか?」

「ああ、パソコン通信で使っている。これはパッケージ版でないんだ。ダウンロードして、続けて使う場合は金を銀行に振り込む。すると使い続けるのに必要な暗証番号が送られてくる。ウインドウの中に始めから何個か通信ソフトが入っているけど、ちょっと使いにくい」

ぼくはそのウインドウに入っている通信ソフトを起動したが、たしかに使いにくい。秀タームとかは必要だなと思った。

「ファイルのアップロードとかはできないのですか?」

「それなら、コピーアンドペースト、コピペということができる」ぼくは、そのコピペの方法を池田さんに教えてもらった。

「これが、貼り付けるというものなのですね」

「あと、電話料金を節約することができるオフライン操作というものがある。電話回線を切断しても・・・」

池田さんんはそのオフライン操作のことを教えてくれた。なるほど、これはダウンロードしたファイルを閲覧するより操作が楽だ。

「ワードとかエクセルとかも、これで使えますか?」

池田さんのパソコンには入っていて、起動してもらう。求人条件にワードエクセルが使えることと書いてある求人広告がその頃はたくさんあった。

池田さんの家で電話をけっこう長い時間使ってしまった。池田さんの家は秋田市だが、田舎のほうにあった。母の実家、夏樹兄さんと中学の同級生だから母の実家も近い。ぼくは夕食の時間の前に帰ることにした。

池田さんは軽トラックで家まで送ってくれるという。だが、ぼくは家の近くの本屋まで行ってくれるように頼んだ。それで本屋でワードとエクセルの本を買った。

働いて、自分のウインドウマシンが買いたい。ワードの本を読みながら思った。でも、まず自分の部屋に電話回線がほしいな、と思った。

居間でテレビをかけながら、ワードの本を見ると言うより、眺めていた。電話が鳴った。ぼくへの電話だった。1か月前に面接して、返事がこなかった会社からだ。明後日、午前10時にまた面接がしたいという内容だった。