オペラとラジオドラマ / Guest Writer:かずちゃん(竹林加寿子さん) | つながっていこう~オンライン版絵本で支援プロジェクト【公式ブログ】

                       

 

 蝋梅の花のように育って欲しい。

 そんな祈りを込めて、父は私の生まれた時に蝋梅の樹を一本植えてくれた。 今でも蝋梅の花を見ると、それだけで生きている事に光りがさす。折しも今日は誕生日。全てが繋がっているのなら、この流れは面白い。

 私は父がお寺の住職、母は寺の敷地内にある幼稚園経営者、教諭という環境に生まれ育った。 幼い頃、母は毎日私が眠るまで絵本を読んでくれた。文字の無い本や、少なめの絵本がお気に入りだった。あまり本を読む子供では無かったが「はろるどのふしぎなぼうけん」は大好きで、何度も何度も読んだ。

 

           
              作・絵: クロケット・ジョンソン
              訳: 岸田 衿子
              出版社: 文化出版局   1987年

 

 中学生になり、学校内に流行っていた、いじめの世界に私も巻き込まれ、だんだんと学校にいくのが苦しくなった。いじめられたというよりは、いじめが横行している学校そのものが嫌になったのだ。 しかし父は学校をサボる私を咎めず、一緒に庭の樹を眺めたり、ウグイスの声を聴きながら、仏様の教えを話してくれた。教えの世界を父と2人、学校をさぼった庭先で感じた。
 

 それでも夜になり、寂しくなったり、感情が落ち着かない私は台所に行った。そこにはいつも母がいたのだ。母は夕食が終わってからも、台所の机で、毎晩夜遅くまで幼稚園の事務処理や図書カードの整理をしていた。 寺と幼稚園と子育てと、目まぐるしい忙しさ。甘えたい頼りたい泣きつきたい、と思いながらも、母の忙しさを感じて自分の事は何も言えなかった。だから私は、勉強をする振りをして、その机に並んで座っていた。

 台所にある机では、ラジオドラマがBGMだった。2人でラジオドラマを聴きながらそれぞれの事をする。合間に母とぽつりぽつり会話した、それだけのこの時間が好きだった。

 

 今思い返せば、台所とラジオドラマが当時のわたしの安心の場所だったように思う。 ラジオから、名優の森繁久彌さんが、声色を変えて何役もこなす声が聞こえて来る。母とニ人きりの台所で耳を澄ませながら、目の前に見えて来る世界に浸った。
 

 「山深い雪山に、男がひとり」
 

どれくらい雪深いのか、どんな男なのか、どんな物語がはじまるのか、脳みそが膨らむように興奮してくる。
 

 「藁で編んだ、長靴で、雪を踏む」
「囲炉裏で、あたためた熱々の汁」

「その男はズズズズズッと、音を立てて旨そうにたいらげた」
 

 その度に、色鮮やかな私だけの物語世界が目の前に繰り広げられた。 この文章を書きながら、母と聴いたラジオドラマの声を、脳裏から微かに感じる事が出来る。十数年前から聞こえてくる声が、私の中に静かに流れていた。

 

 

先日、たかたかさんの朗読を聴いた。夏目漱石の「夢十夜」。無駄のない言葉の世界、質感、登場人物の性格、時の流れ、真っ白い花の無垢さ。朗読の世界に惹きこまれて、あっという間に終わっていた。


                 

 再び、あのラジオドラマの時間が、私の中に流れはじめた。 父から「10年かければ風になる」という話を聞いた事がある。10年そこに身を置いたら、そこに立つだけで風が吹く。という話だ。たかたかさんの朗読は、その風が流れていた。 風の余韻は、私の中に数日間流れ続けた。私の中で別々に流れていたものが、パンッと手の平を合わせたかのように繋がりだした。

 

私は音楽の道を進み、舞台に立ち、オペラ(歌劇)を歌ってきた。歌を歌っていると、世界が見えてきて魂がほとばしる。そこには、あの時、夜の台所で感じたラジオドラマが流れていた。 そして今になって、創作の世界に心を奪われているのが、何故だかも分かり始めた。歌も大好きだが、この世界に無いものを生み出す事。つまり、私にとってはすべてが創作だったのだ。
数年前から作詞作曲をはじめた。更に昨年からは「あわたまの島」という小説を書き出した。文章を書く時は、声に出して読みながら書く。それは、書くというより、ラジオドラマのように頭の中に沸き立つイメージを絵にしていきたいからだと思った。 小説の主人公トシコが、これからどんな世界を歩んで行くのか、私もまだ知らない。これからが楽しみで仕方がない。

                   

         小説「あわたまの島」 https://note.com/awatamalabo

 

 自分の足音や蝉の声だけがこだまする日本のお寺に生まれ育った私。ヨーロッパのクラシック音楽を学び、歌い手として生きている私。私の中に流れている数々の物語が、どう融合されて、表の世界に表れてくるのか。 書く時には、日常ではない奥深い場所に静かに碇をおろしていく。そんな儀式の様な感覚が好きなのだ。そして、それはいつも私に神秘的な体験をもたらしてくれる。 歌う事、創り出す事。実際に無いものを、見えているように表す事はどちらも同じ。繋がりあい、私とともに育っている。

 

そんな事を、この寄稿文を書きながら、あらためて感じた。私の中の見えなかった物語が表われたこの日。 思いがけない誕生日プレゼントを頂いた気持ちになった。

 


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◆竹林加寿子 プロフィール

 

 

 

◆小説「あわたまの島」
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