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ありがとう脳腫瘍、さようなら脳腫瘍

2014年1月に左小脳橋角部腫瘍が見つかりました。
そのおできと、さようならするまでの、記録。



「じゃ、麻酔の注射入りますね~」



と言われて、いよいよか、って思って



「よろしくお願いします。」



って言った次の瞬間



「おんこさん~ 手術終わりましたよ~」



って肩をぽんぽんと叩かれた。



え?もう終わり?



まさに、

これが、

瞬間移動だ。









午前9時から手術なので、

8時50分には看護師が迎えにきます、と言われていた。


それまで、ダンナさんと病室で和やかに談笑。

手術が終わったら買って欲しいモノとか・・・

冗談交じりにお願いしたりして。


すると、澤村先生と地元の主治医が登場!

「わ~先生~、久しぶり~」

見知らぬ土地で、知ってる人に会えるとやっぱり嬉しい。


お二人ともにこやかな表情で様子を見に来てくれて

私も「よし、大丈夫」と心を落ち着かせることができた。


時間になり、看護師が迎えに来てくれた。

手術室の前でダンナさんと別れ、いよいよ手術台へ。


いや~手術室の看護師さんたちって、

やっぱり選ばれた人たちなんですかね?

もちろん慣れているからでしょうが、

テキパキとそつのない動き。


「今朝興奮して鼻血が出ちゃって(←ホント)」

という私の話にも、どっと笑ってノってくれた。



8月5日に無事に手術が終わりました。

聴神経、顔面神経、静脈、すべて
傷つけることなく
腫瘍のみきれいに取り除いて頂きました。

合併症で一番気になっていた
聴力の低下もなく
今はただ傷の違和感のみです。

私の場合、
腫瘍がまだ13ミリと小さかったこと、
深い部分とはいえ、まだ神経を巻き込んでいなかったこと、
が、うまくいった理由だと思います。

あと、もちろん
一番は澤村先生のおかげです。

澤村先生が
「きれいに取ったからね、病理に出してるけど、ほぼ間違いなく良性の腫瘍だから。(再発で)脳神経外科に罹ることは一生ないよ」と言って下さいました。

先生は、穏やかな口調なんですが、
常に、語尾を曖昧にされることがありませんでした。
そんなに言い切って大丈夫かな?なんて、こっちがドキドキしてしまうほどでしたが、
今まで先生の言われる通りに、事が運んでいるので
本当にたくさんの症例をみてきて、本当にたくさんの手術をされている方なんだなと、改めて、この先生にお願いしてよかったと思いました。

12日に抜糸をして
15日には退院をします。

術前術後については、また簡単に整理していこうと思います。

とりあえず、美味しいもんでも
食べて帰ろう。

病院に戻ってから

麻酔科の先生の話と、病院の主治医の先生の話、

ナビゲーションのための印を頭につけられたりとか、

少しだけバタバタと時間が過ぎた。

お風呂にも入って、夕食前にはダンナさんもホテルに戻った。


夜になって、実家と義母に電話をして

子どもたちにも電話をしようか、迷った。


埼玉に住んでいる義弟夫婦が、ダンナが札幌に来ている間

子どもたちを預かってくれるというので

ただ今、従兄弟達と楽しい夏休みを満喫中なのだ。


手術が終わってから電話しようか、

とも思ったが、ふと

「子どもたちの声が聞けるのも、最後かもしれない」

な~んて、とんでもないことを考えてしまう。


やっぱり電話しておこう。

お嫁さんにもまだちゃんとお礼言えてないし、

と思って、電話をかける。


子どもたちのはしゃぐ声が、電話口から聞こえて安心する。

「お母さん、明日手術頑張ってね!」

そうか~、ちゃんと覚えててくれたんだね、と嬉しくなる。


大丈夫、元気になって戻るからね。











「この腫瘍、5年くらいは症状出ないだろうね」

と、最後に付け加えられた先生の言葉には


「症状出てからの手術はリスクが高まるね」

という意味が含まれていた。


例えば5年後に手術・・・だったら、

もう今してしまった方がいいね、

早く決断してよかったね、


などとダンナさんと話しながら病院にもどった。


手術前日じゃなくて

もう少し時間があったら、小樽くらいまで行ってみたかったな~

とダンナさんが残念そうに言う。


んだね~

また、元気になって遊びに来れたらいいね。