鬼塚パンチ! -4ページ目

鬼塚パンチ!

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たかちゃん


第4回 玉木高校を受ける

ヒロイン登場。名前はみどりちゃん。

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さて、池Pがぼくのところへやってきて、スカウトの話を切り出したところに戻ろう。
「サッカーを続けていくなら神村実業だよな。けど、平原先生の話を聞いて、俺、玉木高校に賭けてみたくなった」と池P。
「わかる。ぼくも、声を掛けてる面子を聞いてぞくぞくした」とぼく。
「でさ、ここで一つ、大きな疑問が生まれたんだ」
「何?」
「俺はお前とのコンビを解消したくない。せめて高校まではハヤトと一緒にやっていきたいと思っている」
「だから?」
「ハヤト、お前、バカだよな」
「バカ?」
「ああ、バカ。親友である俺は、お前以上にお前を分かってる。お前はバカだ。二年の最後の期末試験、数学四十八点だったろ?」
 ぼくらはなぜか中学入学以来、ずっと定期テストの点数を見せ合っていた。この次の台詞は、もう聞かなくてもわかる。
「俺は七十二点。こないだの到達度テストも偏差値60だった。ちょっと努力すれば、玉木高校に手に届く。だが、ハヤトよ、お前はそうじゃない。俺はお前の成績を考えると、非常に迷ってしまうんだよ」
 悔しくて、実は担任の先生にも相談したが、鼻で笑われたことは黙っていた。
「鬼塚、お前が玉木高校なんて無理な話だ。今からの十ヶ月で偏差値が20以上も上がるわけないだろう。目標を持つことはいいことだぞ。だけど、叶わぬ夢を追っても時間を無駄に費やすだけだ。もっと現実的な選択にしろ」と、そう言われたのだった。
 休み時間の終わりを告げるチャイムが鳴り、迷える自分の心を打ち明けた池Pは、うしひしがれるぼくをそのまま放って、清々しく自分のクラスに帰っていった。

 だが、やはりサッカーの神様は、ぼくを見捨てなかった!
 なんと、遣いの者の次は、すばらしい女神の登場だ。しかも優しく微笑みながら、すらりとした手を差し伸べてくれたのだ。
 それは、みどりちゃんだった。
 みどりちゃんは、ぼくんちの隣に住むクリーニング屋の女の子だ。中学一年のとき、父親が脱サラをして家族揃って東京から引っ越してきた。引っ越しのあいさつに来たみどりちゃんは、父母の陰に隠れ、照れくさそうにしていた。人懐っこい妹はその場で「みどりちゃん」と呼び、すぐに姉妹のように仲良くなっていったのだが、ぼくはまともに話したことさえない。思春期とはそういうものだ。なかなか同じ年頃の女性と話すのは勇気がいる。見かけたら挨拶するし、用事を伝えたりもするが、その程度だった。なんとなく気になって、妹に「昨日、みどりちゃん家に行ったんだろ。どんな部屋だった?」などと尋ねてみたが、「なによ、兄ちゃん。もしかして、みどりちゃんのことが好きなんじゃないのぉ?」とからかわれて、そういうことも聞けなくなった。
 そのみどりちゃんが、実は、驚くほど成績優秀なのだ。定期テストの総合順位はたいてい一位か二位で、五位より下になったことがないという話だ。
 噂では、玉木高校よりもさらに頭のいい、偏差値72もある鳳凰高校へ行くのが目標ということだった。目標というよりも、ほぼ確定。先生も太鼓判を押しているらしい。それほど見事な成績だということだ。
 隣に住んでいるにも関わらずあまり交流がなかったのは、その成績もひとつの理由だった。いわゆる優等生のため当然のように学級委員。三年になると、これまた当然のように生徒会役員になった。長い髪の毛はいつもおさげにきっちりと結い、校則どおりの膝丈スカートを履いていた。そして黒縁のメガネをかけている。かわいくないわけではないけれど、女の子として見るには、ちょっと物足りない。そんな存在だった。
 そんなみどりちゃんが、その次の休み時間に話しかけてきたもんだから、ぼくはびっくりした。といっても、前の席からくるっと振り返り、口を開いただけなんだけど。
「玉木高校から声が掛かってるの? すごいね」
 ぼくは肩をすくめてみせた。
「成績がてんで伴ってないって話も、聞こえてただろ? 無理だよ」
「だいじょうぶ、頑張れば絶対いけるよ」
「いやいやいや……。お嬢さん、俺の成績を知らないね? 絶対いけるなんてセリフ、気軽に吐かないほうが身のためだぜ。ボクのナイーヴなハートが、グサッと深く傷ついちまう」
 みどりちゃんが噴き出した。
「ハヤト君って本当、おもしろい。そんなおもしろいこと言えるんだから、地頭が悪いわけじゃないよ。今までサッカーばっかりやってきて、効果的な勉強をしてなかっただけ。ねえ、毎日どれくらい勉強してる? 30分くらい?」
「マ、マイニチ?」
「えっ? そこ?」
「テスト前になったら、池Pのノートを写させてもらうけど……」
 毎日が当然だというように話すみどりちゃんに驚愕するぼくと、試験前すら、勉強と呼べるものをしていないことに驚愕するみどりちゃん。
「そうなんだぁ。で、授業中も、すやすや寝息が聞こえてきてる、と」
「朝練も午後練もみっちりあって、しかも床屋も手伝うという勤労スポーツ少年ですから。数学の授業は貴重な休養時間ですっ」
 ぼくは意味なく胸を張った。
「そりゃあろくな点数取れないわけだ。ハヤト君、ちゃんと勉強したら、絶対成績がグンとあがるから。玉木高校だって夢じゃないよ」
 どこまでも優等生なみどりちゃんを前にして、ぼくはただただ平伏すしかなかった。
「ハハアーっ。女神様。ありがとうございますだ。どうか、どうか、その成績がグンとあがる術を、ぼくに教えてくださいませ!!」
 もちろん、冗談だ。はははは、おもしろーいと笑って前に向き直り、さあ、3限目の数学、そうなると思っていた。ところが、優等生ってやつは、することが読めなくて困る。
「わかった。まかせて! わたしでよければ、教えてあげる」
 みどりちゃんはそうにっこり笑って、それから黒板を向いて座り直した。

 その話を家ですると、さっそく母ちゃんはみどりちゃんを夕食に招き、「まかせて」の極意を根掘り葉掘り聞きだそうとした。みどりちゃんによると、それは次のようになる。

一、暗記のくせをつけること。朝、必ず一時間なにかを覚えること。
二、最終目標と中間目標を持つこと。
三、数学などの問題を解いていて、分からないときはすぐに解答を見ること。

「これだけです。これをコツコツ続ければ、公立高校の入試問題問題だったら、だれでも百点……は保証できないけど、かなりの点が取れます」
 みどりちゃんはそう断定してから、でも、と続けた。
「でも、ハヤト君の場合、今までちゃんと勉強をしたことがないんだったら、まず中一に戻って、とにかくスピーディーにどんどん問題を解いていったほうがいいかも」
 ぼくも母ちゃんも、ふんふんとうなずくことしかできない。
「今は無理だけど、夏休みになったら一緒に勉強しよっか。どうせ私も勉強しなきゃいけないし、人に教えると理解度も深まるから。それまでは、さっき言った3つをコツコツがんばってね」
 ぼくは早速、その三つをコツコツ実践した。そして分からないことがでてきたら、休み時間にみどりちゃんの背中を鉛筆でつついて尋ねた。周りから冷やかされるかとも思ったけど、背に腹は代えられなかった。しかも、生徒会長さまは、そんなゴシップは受け付けません的なオーラをまとっておられる。
 こうして、一学期が終わる頃には、五教科の平均点がなんと十五点もアップしていた。

 夏休みは、母ちゃんが我が家に冷房の効いたすずしい勉強部屋を準備してくれて、ほぼ毎日のようみどりちゃんと机を並べて勉強した。
 ある日のことだった。
「あーあ、疲れた!! さすがに休憩っ!」
 みどりちゃんが解いていた問題集を閉じ、大きく伸びをした。
「私、近眼だから、すごく目が疲れるのよね」
 そう言って、眼鏡を外して、目のマッサージを始めた。いつもつけている黒いフレームの眼鏡は、アンジェラ・アキのようでおしゃれではあった。けれども、初めて眼鏡を外した素顔を見た時、思わずぼくの心にドキッと痛むような刺激があった。
——変な感じだ?
 それまでは眼鏡のインパクトでよく分からなかったが、肌の色がとても白く、頬はふっくらと柔らかそうだった。そして、一回り瞳が大きくなって、長いまつ毛がくっきりと見える。ぼくはじっとみどりちゃんの素顔に見入っていた。
「何?」とみどりちゃんはぼくの顔を見て言う。
「何もない」と慌てて返した。
——眼鏡外すと、すごいかわいいんだな。
 ぼくの心臓は、しばらくの間、みどりちゃんに聞こえてしまうのではないかというほど、ドキドキと大きな音を立てていた。
ーーー
今日はここまで。