最近多少時間ができてきたので、昔読んでいたはずの本を書架から取り出して寝る前に読んでいる。今は石原慎太郎の「化石の森」を読み返している最中だが、ゆっくり速度を落として読むと「今まで随分雑な読み方をしていたな」と思う。「結局何が言いたいのですか」と常に思いながら読んでいただけなのだ。記憶に残ってしかるべき筆致にまるで覚えがないのだから。

 

 忙しかったのだし、急いでいたのだ。

 

 無論それが必要な時期だったのだろうし、後悔はない。ただ、少し今までとちがった味わい方がさまざまなことにおいてできるような気もしている。

 

 さて、「一億人の英文法」(東進ブックス)は次の増刷で50万部を超える予定だ。読者諸氏には深く感謝しているし、ありがたいことだとも思う。ただ、今はその「意味」をもう少し突き詰めて考えておきたいとも思っている。文法の何を転換できたのか、についてだ。今までの文法は何が悪かったのか、についてだ。本の中では大きな考え方の転換を前面に出すことはしなかった。OHCだろうがDOHCだろうが、学習者にとっては車はキチンと走ればいい。「今までよりもわかりやすいな」---それでいい。ただ指導者なら話は別だ。何を教えてきたのかについて明晰が必要だろうからだ。うまくまとまれば、どこかでお目にかけたいような気もするが急ぐ仕事でもないだろう。楽しみながらややどぎつい内容を書き進めるつもりだ。

 

 

※こちらの写真はジュンク堂難波店のTWEETから拝借。