This is Botswana -4ページ目

ボツワナを飛び出して。


去年のイースターホリデーは

ボツワナを一周して

ブッシュマンに会いに行きました。

今年は。。。

ボツワナを抜け出して

トレッキングへ行きました。



Mount KENYA

Lenana peak 4985m

人生初の高さに達しました。



ここに来るまでに

いくつかのハードルもあり

運もありました。


悔いなし!!

英語がものすごくありがたく感じた事。

ボツワナでは、昔イギリスに支配されていたこともあり
公の場では英語が使われる事が多いです。



仕事上の書類をはじめ雑誌や新聞はほとんど英語です。


ラジオも半分近く英語。


ただ、会話はほとんどツワナ語。




栄養指導をする時、指導する相手が
英語を話さない場合があります。


特に低栄養の子どもの親とお年寄りの方。

なので、説明する時に使うハンドアウトは
英語版とツワナ語版、両方用意してます。


こんな感じ。


今日は、入院してる2人の栄養失調の子どもの
それぞれのお母さんに、家での食事のあげ方を説明しました。


片方のお母さんは、地元の人で、たぶん学校を
途中でドロップアウトしたのか英語を話しません。


もう片方はモクビロから移送されてきた
サン族(ブッシュマン)系のお母さん。

ブッシュマンは狩猟採取で暮らす定住しない民族でしたが、
今は政策で狩りが禁止されボツワナ各地の居住区に住んでいます。

(観光向けにパフォーマンスしてくれた方々。)

よくいるボツワナ人と比べてちょっと顔が違う。

顔がどちらかというと濃くないので、
日本人の私は親近感をもってしまう。

サン族の言葉はセサロワと言われてて
いろんなクリック音が入ってて発音が難しいです。

舌をトゥォッ(?)と鳴らしながら「コン」と言って挨拶をして
「チャイヤ~」と返事をするんだと教えてもらいました。
けっこう気に入ってます。

一部のサン族が(?)、生活保護にかかりっきりで
周囲からの偏見のようなムードを感じる事が日常的にありますが
それはさておき、

誰でも学校へ行けば英語を教わるので、
そのモクビロから来たお母さんも
ある程度英語を分かってくれるのです。

普段、私→英語、患者さん→ツワナ語で
お互いに全然意思の疎通ができず、
看護師さんを呼び止めては緩衝材になってもらっています。

だから、今回は、その母親と直接やりとりをして
分かってもらえたのがすごく嬉しかった。



そもそも私がセツワナを話せたら良いんですが・・・

スタッフとのやりとりに必須の、英語で必死です(T_T)


ビッグママ

4月になって、いっきに秋が近づいてきました。

夕暮れごろからの涼しさがエンドオブサマーな感じです。

最近早くも帰国前ブルーが入ってます。

まだ5ヶ月ほど残ってるんですがね(^^;)


週末に、お世話になった

アドミンのチーフの送別会がありました。



奥の女性。

いつもニコニコして職場のスタッフを

見守ってくれたみんなのビッグ・ママ。

赴任する直前、

自分で初めて病院に電話をかけて話をしたチーフ。

会うたびにHow is Japan?と言って

話しかけてくれる気さくで優しいビッグ・ママ。

異動先はバスで2時間のセロウェ。

日本へ帰る前にまた会いたい!


写真は巻き戻していきます。


パリチェとブライとチャカラカ&ポテサラ。

パーティーでご飯が整うのはいつも最後の方。

それまでは、飲んだり踊ったり・・・

玄関先に音響とDJが付いてます。


音楽は、若者はハウスが本当に大好き。

↓こんなのとか^^
http://www.youtube.com/watch?v=pUK4zdhJpeg

日本の音楽も渡したら流してくれるのかな。

さらに巻き戻して、

それぞれの部署からのお別れコメント。

ヘッドホンに付いたマイクでスピーチ。



仲良しのコックさんがやまんちゅT着てきてくれたw



ブライは昼過ぎからスタンバイ。



大量のパリチェはピーツァという三脚鍋で調理。

記念の一枚。



なんだかんだ言って

一緒に写真を取ったのは初めてでした!

娘さんも笑顔がステキ( ̄∀ ̄)

プレゼントに日本のカントリーマアム的な

クッキーを渡しました。

喜んでもらえて良かった!