幼い頃、見知らぬ泊り客があった。一度ではない。記憶にあるだけで三、四回はあった。田舎家のことだから不意の客の一人や二人容れる空間に困るわけではないけれど、自分の家とのつながりがよくわからないので落ち着かなかった。何だか遠い親戚の近所に住まう人とかいう頼りないものであったようにも記憶する。女性客しか憶えていない。ゆったりした(ひな)の人々とはいえ、例えば遠縁の知人と称する屈強な男子の俄かの訪問を受けて、一夜の宿を快く提供する気になる人がいようとは思えない。記憶どおり女性だけであったに違いない。

 洗面道具持参のおばさんの滞在は決まって一日だけだったようだ。後に知ったところ、彼らはある団体に所属する人たちで、突然とも言える訪問は思えば国政選挙の期間のことでありその活動の一環であるらしい。

 ひと夏、それとは明らかに異なる種類の客人があった。私が学校から帰って、一学期の通信簿を母に見せ二階に上がると奥の部屋に人の気配がする。外はまだ明るい。でもそこは青とも黄ともつかぬ色合いを(まと)って小学六年生女子を小さな恐怖で包んだ。そっと覗いてみる。西日を受けた窓際に、黒い何かが横たわって盛んに鼾をかいている。酒の気が充満しているのがやりきれなかった。

 父も酒好きではあったがまだ陽のある内に呑むようなことはないから、その姿にとても嫌な気がした。深い眠りの中にあるその人は、外でかなり聞こし召して後この家を訪うたに違いない。我が家は上浦商店という古びた縦長の看板を掲げ、酒をはじめ雑貨など商っていた。田舎なりにけっこう人々の出入りは店頭に(しげ)い。でも他人を家の中に、しかも二階に上げることなど普通あるはずがない。仮に素面でやってきた遠方からのお客様だったなら、その客だけが盛んに呑んで父が黙って見ているとは不自然だ。逆光の中にあるこの人物は立派な酔漢となってから古き店頭を潜ったに相違ないのである。

 驚いて階段を駆け下り、息はずませて二階を指差しながら台所の母に問うた。洗面道具を持参する俄かの女客たちは総じて礼儀正しく清潔な感じがして、酒を呑んでひっくり返る姿からほど遠かったので彼女らと異質の何かを感じてそれが怖れとなったのだ。母は溜息混じりに言った。

「高原さんよ。一度来たことがあるでしょ」

 その名に微かな憶えがあった。確か父の学生時代の友人で隣町の出身だが今は東京在住と聞いていた。黒眼鏡が印象に残っている。テレビの「快傑ハリマオ」のサングラスに似ていたからだ。前の訪問は勤め先の出張の折立ち寄ったのであり、私たち子どもの土産を置くと久闊を叙する暇もなく慌ただしく去っていったと記憶する。

 高原氏が現れたその日は、私の小学六年の夏休みの始まる前日だった。心弾んでいたのが何だか急に暗幕に蔽われたような気がして、店番する祖母のほうへ行った。私は婆ちゃん子で気鬱が昂じると決まって祖母に甘えた。

 夕食の頃合となり二階に声を掛けるよう母が私に言った。階段を上がると薄暮の中のその一画は我が家ながらいつもと異なる佇まいで、古びた家屋の隙間から差し込む残照に塵が泳ぎよそ行きの趣を醸していた。

「あのう」

 こわごわ声に出してみた。小さな塊は凄まじい鼾と規則正しい上下動を崩さない。声を励ましてみる。ひときわ大きな鼻息があり呼吸が一瞬途切れただけである。その一瞬の静寂もかえって怖い。やがてもぞもぞと体を動かす気配がして小学六年生女子は身構えた。上体をもたげたその人に向かって再び言った。

「あのう、夕飯にどうぞって」

「あ?ああ、どうも、どうも、ありがとうね。今下りていきます」

 その声は目覚め際の所為かも知れないが、記憶にあるあの黒眼鏡の無頼めいた男の威勢のいい声とはほど遠い嫋嫋(じょうじょう)としたものであった。

 下では晩酌を用意していて、彼にはほど良い迎え酒になったであろう。父と母、私と兄、そして父方の祖母がいて、高原さんは祖母と馬が合うようだった。サングラスはしていない。小さな目で意外に可愛らしい瞳をしているなと、ががんぼの羽音する灯の下で私は思った。

 翌朝、ラジオ体操から帰る私を高原氏が店先で迎えた。内か外かわからぬ微妙な場所にいて家人は少し迷惑を感じている風だった。陽射しはまだ強くないのに黒眼鏡をしている。家の人たちが立ち働く中で何もすることのない自分の身を持て余しているらしい。黄ばんだ指にゴールデンバットを挟んでいた。開襟シャツの胸ポケットに透けて見えるデザインからそれとわかるのである。父と同じ煙草だったから。

 私の帰宅が朝食を告げる合図となった。中学生は毎朝のラジオ体操を義務づけられているわけではないから兄はこのあたりで起きてくる。

 

 父が何かの会合で出かけ、母は家事に精を出すし、祖母は店番をする。兄は例によって友だちと出歩いた。

 私は夏休みの宿題を毎朝やらないと落ち着かなかった。勉強のあとは「マーガレット」や「少女フレンド」を読んだりしてごろごろするのが好きだった。兄の「少年マガジン」や「少年サンデー」「少年キング」、月刊誌でいうと、「少年」、「少年ブック」「少年画報」、「ぼくら」。それらで文字を学んだと言ってもいいくらいだ。思い返せば父は漫画本をはじめ学習雑誌など、そういった物に金を惜しまなかった。たいして余裕があったとは思われないのに。

 私は、友だちが来れば一緒に遊ぶけれど自分から求めて外に出ることは稀だった。厭人癖とまでは言えないにしろ独りが好きだった。高原さんのターゲットにならぬはずはない。

 無聊をかこつ彼が将棋盤や碁盤を運んでくる。父は将棋好きだったから、さして高価ではないかもしれぬが将棋盤は分厚く本格的、一方碁盤は薄っぺらな折りたたみ式であった。私は駒の動かし方だけは教えてもらっていたが父以外の人と対戦するには気おくれがする。囲碁はさらに知らぬ。だから黒眼鏡の客とは五目並べをするしかなかった。

 若くはないが未だ壮丁の部類に入る、それでいてさしあたってこの世にすべきことがまるで無いという人物と長時間呼吸を共にしたことがなかったので大いに戸惑った。働き者とは到底言い難い我が父でさえ日の高いうちは多少の汗をかいている。

 相手が饒舌であってくれれば救われもするんだがさして面白い話題を懐中にもっている風もなく、そもそも話があまりできないから碁将棋に逃げようとする(ふし)も見えるのだ。それなら、ただならぬ唸りをあげる壊れかけた中古の扇風機一台しかないこの田舎家なんぞを抜け出て、散策にでも出てくれればこちらとしても一息つける。だがその人はそうしなかった。

 私にしてもいくら外に出るのが嫌いな女の子だといっても、このような重苦しいおじさんの相手をするくらいなら、せめて炎天に飛び出し家の横の小さな清流にでも裸足を浸しながら、沢蟹を眺めつつひと時を過ごしたほうがよさそうだと思われる。でもそうしなかった。それ故に小学六年女子の夏休みの思い出の一隅に不思議な時間が刻まれていったともいえる。

 友だちが遊びに来る。漫画の新刊本が目当てだ。私と遊ぶことが目的ではなかったから読み終わればたださよならをするだけだ。そういう寂しさに私は少しずつ慣れていきつつあった。人に慕われない星の下にいて自分もけして人に心許さない寂しさに慣れていきつつあったのである。

 ある日帰ろうとする一人の友人を高原さんが呼び止めた。五目並べをしようという。その子はぎょっとしたようだったが、断る勇気もなくしょうことなく色眼鏡かけた正体不明の人物と碁盤を囲んだ。

「君は、名前なんていうの」

「相原君子ですけど」

「相原さんねえ」

「で、お父さんとお母さんの名前を教えてくれるかな?」

「父さんは信一郎で、母さんは鮎子です」

 高原さんが碁石を静かに置いた。でもその静かさはただならぬ静かさのように私には感じられた。

「君子さんはお父さんお母さんが好きですか?」

「はい」

 君子はいよいよ不気味そうな表情を隠すこともならず高原さんを凝視するばかりだった。

「ありがとう。変なこと訊いてごめんね」

 祖母の友人が旅行の土産にくれた赤べこが西日の中で首を振っていた。この日から六十年の年月を(けみ)した今、見聞きした話の端切れで私が綴れる物語を綴ってみる。

 

 高原さんが初めてこの町に身を寄せたのは終戦の一年後。自身の家が焼かれ頼るべき縁者も無かったから、学生時代同じ寮で同じ釜の飯を食った父を頼ったのだった。そしてこの町で鮎子という女性に出会った。

 ひと夏の淡い恋の話である。笑う人もあろうけれど笑わば笑え。指一本触れたのでないが語り合ったひと夏の一夜の綺麗な記憶を高原氏は辿りたかっただけなのだ。級友の君子が恋しい人の面影を宿していたのである。だからあんな変なことを訪ねた。君子の母親がかつての自分の愛しい人とわかり、もう長くはないと知った命終までの時間を微笑みつつ肯定することができる。鮎子が幸せであればそれでよい。それを確かめたくてこの町に来た。それだけのこと。

 

 そのことのあった翌日高原さんは我が家を立っていった。彼と馬が合った祖母は名残り惜しさを口に出しそっと涙さえ拭った。あの人は何しにここを訪うたのか、大人たちは口に出さぬまでもそれぞれの心にそう問いかけたに違いない。成功した姿を見せびらかしたのであれば、あるいは逆にうらぶれて金の無心でもしたのならわかり易くもあったろう。しかしあのハリマオ眼鏡の人は、酔いが回れば楽しく騒ぎもするけれど、そうでない時はあくまでおとなしく、朝方の数時間その界隈をもとおりつつ暫時食客の真似事をして静かにさよならをしただけなのだ。

 私は高原さんが使っていた部屋に入ってみた。煙草の匂いがする。わずか数時間前別れた人なのに既に懐かしい人であった。隅の文机の上で文鎮代わりの陶の置き物が楚々とした光を放っていた。彼の淡き恋を知ってからその光景は不思議な切なさを伴って私の心に沈んでいる。

―了―