その家は南北を走る道路に面していて、地所は道より一尺ばかり下がっていた。甍を接して道の両側に並ぶ店々は、みな埃を被って白茶けている。中でもその家はひときわくすんで見えた。道路に面した間口は広く、逆に奥行きはそんなに無さそうであった。尤も、元々は他の商店と同じく、間口が狭く奥行きのある町屋作りだったようだが、新しくできた道路の関係でその横腹を曝す格好になり、急遽そちらに入り口を移したとでもいうような、ちぐはぐな印象を与えるのである。

 日本海に面する半農半漁の町の、言わばメインストリートを私は歩いていた。そこを抜ければ西側に漁師の家々が並び、道路を挟んで東側の山裾には棚田とやや疎らな農家が見えている。私の歩いている一郭だけが商店街の趣で飲み屋街でもあるらしい。

 その家は、洋品店とも電気店とも食料品店ともつかぬ店だった。田舎にはさして珍しくない。東の並びにあって西日を受けているものの、いつの時代の流行りなのかガラス戸の下半分だけが曇りガラスであるために、店に陳列された物がいよいよむさくるしく見えた。

 けれどやはり田舎育ちである私にはその佇まいがどこか懐かしく感じられもした。駅に降り立ったときには磯の香が鋭く鼻をついたが、道々歩いているうちにそれも薄れ土埃の乾いた匂いだけがしていた。

 その家が小槙(こまき)捨(すて)の家という確証はどこにもなかった。尋ね尋ねしながら、それらしいと思われる家の前に立ったに過ぎない。この町には同姓が多く、名字だけで探し当てるのは難しいようだ。あれから二十年以上経ったのだから、仮にその家が捨の生家だとしても、彼の両親や係累が今も変わらず住み続けているとは限らない。それならそれでいいのである。何も捨の所縁(ゆかり)の人に会って話をしようとこの町にやってきたのではない。

 捨は本名小槙一民(かずたみ)といって私の学生時代の先輩である。同人雑誌のリーダー格で、私が二年生の時、青森秋田にまたがる十和田湖畔で自裁した。「捨」とは彼が詩を載せるときの筆名で、小説の発表では小槙拾(じゅう)を用いた。私たち後輩は詩のペンネーム「捨」が気に入っていて、彼のことをステさんと呼んだ。それがステファヌと響くのを秘かに喜ぶような稚気があの人にはあって、眉間に皺を寄せた気難しそうな風貌をほんの少しだけ親しみやすくしていた。ステファヌ・マラルメを彼が好きであった証左はないのだが。

 私は捨さんをモデルとして『乙女の像の傍らで』の題名で小説をその雑誌に書いた。冒頭に「表現は所詮自己を許容する量の多少のあらわれにすぎぬ」「誠実さは常に全き孤独の中にある」という原口統三『二十歳のエチュード』の一節を載せた。

 捨さんはランボーを愛した原口統三の影響を明らかに受けていたし、彼の言動や残された日記からも、この冒頭句はその死を語る糸口になる筈であった。けれど、まだみんなの記憶に新しい死者を小説の題材にするのは憚るべきことに違いない。私は敢えてそれをして、しかも全体に帯びるトーンは彼に同情的ではなかった。為に、仲間から総好かんをくらったのである。その小説の中で、私は捨と思われる人物に次のように語らせている。

 

 ☘「それは無表現の表現ということなんだよ。つまり、知性に寄って付与された一 切の意味、例えば詩に例をとるならば、知性のはたらきである言葉を以て生み出されたものを全て排除して、自分と対象との間に、純粋に秘密の時をもつということだよ。そしてつかの間、感性の赴くままに魂を遊ばせるんだ。それが僕の言う純粋芸術だ。無表現の純粋表現と言うのはそれなんだ。そのうち君達は僕の唯一の芸術作品を目にすることになる」☘

 

 捨さんの言葉として書いたのだが、漂う雰囲気は『二十歳のエチュード』ばりの口吻である。彼だけでなく私自身もその影響を受けていた証しだろう。また、別のところで彼の日記としてこうも言わせている。

 

 ☘「第一に僕は芸術家たることを望んだ。僕が為すところの芸術はあらゆる不純物を捨て去った純粋なものでなくてはならない。表現欲さえその不純物である。僕は純粋芸術という意匠を、自らの肉体に刻んでこの世を去りたい。それは僕が陶酔を覚える対象の中に僕の魂を遊ばせ、人的な表現形式を受け付けない刹那の空間に僕の全霊を漂泊させることである。そして僕自身の肉体のいずれの断面を切り取っても、常に水晶の結晶のような輝きを有する詩的造形物を自身の肉体を以てつくり出すことである」☘

 

 小説には捨さんの信望者として安西という男が登場する。その安西が言う。

 

 ☘「捨さんは真の芸術家であることを求めた。自分が感動を覚えた対象と全き二人っきりのひとときをもつこと。自然が、人生が、彼に与える戦きを受け入れてその刹那に自分の魂を浸すこと。この一瞬こそ人はまことの詩人である。これが捨さんの言いたかったことなんだ。後にやってくる手の作業、つまり表現のことだが、これが欺瞞であり不潔な行為のように思われたんだ。身を浸すあの清らかな一瞬一瞬を自らの肉体に刻みつけ、自分の人生そのものを芸術作品としていくこと。これが捨さんの理想だった。

 捨さんは不純物を含まない純潔と誠実とを求めた。それは一切表現しないことによってのみ得られるものだったんだ。無表現の極致は死だ。表現しないことで純粋芸術が可能であるならば、それは死によってのみ成就される。つまり自らの亡骸という造形物を以て唯一の形ある作品とした。捨さんが十和田湖畔のあの乙女の像に凭れるようにして死んだのは、自分の亡骸があのブロンズの像よりも純粋な彫刻であることを示したかったからに違いない」☘

 

 いずれも硬直極まりないもの言いであることを認めなければならない。二十歳前後の作者自身でさえさすがにこれはあんまりだと思ったものだ。だからもう一人頽落したドンファン風の立木という人物を登場させている。この男は自殺した捨さんの恋人を奪ったという設定だが、これは全く作り物の人間である。立木は捨さんの信望者である安西に向けて、このように語った。

 

 ☘「いいか、奴の直接の死因は何だったのか教えてやろう。それはな、窒息死だったんだよ。自分の屁理屈と、その屁理屈がもたらした見栄のためにあの男は鼻をつままれ口に拳骨を突っ込まれて、それで窒息しちまったんだ」☘

 

 立木の言葉を借りてはいるが、実はこれが当時の私の思いに最も近いものだった。飢えや病魔に苛まれているのでも、戦争など時代に弄ばれて自分の醜悪さを鼻先に突きつけられているのでもない人間が、ただ観念の導く果てに自死を遂げたのだ。捨さんが原口統三の影響を受け、『二十歳のエチュード』の中に、誤読か正読か知らないけれど、彼なりの解釈を見つけて実行に及んだとしてもやはりから回りの観念に殉じたという思いは拭えなかった。当時の仲間に私が非難された大きな理由は、立木のこの科白が私自身のものであることを嗅ぎつけられたからである。特に彼を敬愛していた後輩達は、崇高なものを下衆の手によって汚されでもしたように憤りを隠さなかった。

 これまで一度も訪れたことのない捨さんの故里を、二十数年後、私が訪ねたのは特別の目的があってのことではない。私にとっては大きなある仕事が一段落して、久し振りに旅でもしようと思っただけのことである。だから本当はどこでもよかった。一人旅がしたかった。捨さんの生まれた町を旅の目的にしたのでなく、ただ漠然とその方面をと思ったのであったが、そう考えた理由さえ定かに説明できるわけでない。

 死者は愚かだ。特に捨さんのように一足す一は二となるという次元で分かり易過ぎる観念と道行きを遂げたような死者は。けれどそれなら生者は賢いのだろうか。私はこの頃頻りに思うのである。彼らの愚かしさが羨ましいと。

 その家の前に佇んで、声を掛けたものかどうか私はまだ躊躇っていた。だがその躊躇いこそが不自然であろうと思い直した。だって偶々この地にやってきて、学生時代の先輩の家があることに気付き、懐かしく思って立ち寄っただけのことなのだ。そこには何の身構えも要らぬことだし、位牌に掌を合わせ香を上げ、出された茶など喫して立ち去るのはごく自然であろう。私は肩の力を抜いて戸に手を掛けた。田舎の店特有の懐かしい匂いがした。

「いらっしゃい」と言って出てきたのは七十代と思われる婦人だった。その容貌を一目見て、その人が捨さんの母であることを察した。切れ長の目で鼻梁が高く、整った顔立ちからは薄い引き締まった唇が予想されるのに、案に相違して肉感的な厚みをもっている。それはそのまま彼の顔形の特徴でもあったのだ。

「突然失礼いたします。私は捨さんの大学時代の後輩で実原(みはら)といいます。偶々こちらへ参りまして、捨さんがこちらの出身だったのを思い出して、ご挨拶をと思いまして」

 老婦人の目が何のことかと一瞬中空を泳いだ。それに気付き私は慌てて、一民さんのと言い替えた。

「まあ、一民の」

 老婦人の目尻に柔らかな笑みが浮かんだ。

「あの、一民があんなことになったのはご存知ですか」

「はい」

 私は再びへどもどした。

「そうですか。どうぞどうぞ、上がってお茶でも飲んでいってください」

 言葉を途切らせたその人だが、やがて息子の友人に急に懐かしさに似た感情が込み上げてきたものか、手を取るように私を店の奥へ導いた。店より一段高くなった居間は、こじんまりと片付いて、豊かでないけれど清潔な感じがした。茶箪笥の上の置き薬の箱が私自身の幼い日を回想させもする。

「お線香を上げさせていただけませんか」

「ありがとうございます」

 捨さんの母は次の間の襖を開けた。そこが仏間になっている。線香を上げている間私の後ろに控えていた彼女が、終わると再び丁寧に私に礼をした。捨さんの遺影が私達を見下ろしている。その彼と並んで飾られている白髪の温厚そうな人物は彼の父親に違いなかった。もう一つ遺影があった。若く美しい女性だ。捨さんの妹かとも思ったが訊ねるのは少し憚られた。しんとした家の中は他に人の気配は無い。捨さんの母は独り暮らしなのだろうか。居間に戻ると彼女はお茶とお菓子を出した。

「こちらへはお仕事で?」

「いえ、全くの骨休めでして。前々からこちらの方へ旅行したいと思っていたんですがようやく閑ができて、ぶらぶらしているうちにこの町が小槙先輩の故郷だったと気付きまして、ちょっとお線香でもと思ったんです」

 全くそのとおりで事実関係に偽りは無かったのだけれど、私は無意識の裡に偶然ということを強調し過ぎていた。既に薄暮で明かりを点けてもよい時刻になっている。老婦人はそれに気付かないのか、残照の中で茶を啜りつつ私に話しかけている。私は話好きのほうではない。でもその佇まいが懐かしく薄闇の中で傍らに座しているその人に母親のような親しみを抱き始めていた。白い割烹着姿が私自身の亡き母を彷彿とさせもした。ただ話の接ぎ穂に困って、捨さんと並ぶ遺影の若い女性のことをつい訊ねてしまった。

「一民の従妹の小枝子(さえこ)と申します。一民があんなことのあった五年後、後を追うように湖畔で命を絶ちました。美術専門学校の学生でした」

 私はどう言葉を返してよいのかわからず正座の膝をいたずらに眺めていた。捨さんの母が言った。

「今日のお宿はこの町ですか」

「いえ、まだ、どこに泊まろうとも決めていないのです。ほんとの気まぐれ旅ですから」

「まあ、それじゃどうでしょう、何のお構いもできませんが、うちに泊まっていただけませんか。一民のお友だちに来ていただけるなんてもう滅多にないでしょうから、今晩ここの息子になったつもりで、ほんとに気ままに寛いでくれませんか。古くてむさ苦しい所ですけど、そのかわり気兼ねする人もいないのよ。酔っ払ってごろんと横になってくれても構わないの」

 捨さんの母は熱心さの中に、道化た笑みを湛えながらそう言った。宿が決まっていないのは事実に相違ない。でもそれを素直に口に出したのは案外この老婦人の申し出を秘かに期待していたのかもしれぬ。その家の匂いも老婦人の佇まいも私をそんな気分にさせるものをもっていた。

 死の直後であればこんなことはなかっただろう。歳月の功徳とでも言えるのか。悲しみよりただ懐旧の念だけを息子の友人に感じてくれている。

「それでは、お言葉に甘えさせていただきます」

「さあどうぞどうぞ、二階にお泊りいただきましょう。一民の部屋です。誰も使っていないんですが、風だけは毎日入れていますからね」

 彼女はいそいそと私の手を引っ張った。立ち上がったとき、思い出したように電灯のスイッチを入れた。狭い階段を上り襖を開けて私を導いたその部屋は、陽をいっぱい浴びていた畳が強く匂った。開け放たれたカーテンの向こうには、日本海に沈もうとする梅雨明けの太陽の先端が見えていた。西日に真向かう位置に捨さんの机が置かれている。その上には数冊の本が行儀良く積み重ねられていた。机を挟んで左右の壁に書棚があった。

「今テーブルを運んできますからね。お蒲団ももう敷いてしまいましょう」

 老婦人は、息子のたまの帰省を喜ぶ母そのものだった。下から折畳みのテーブルを持ってきて、六畳ほどの部屋の真ん中に据えた。鼻歌でも聞こえてきそうな足取りで階段を下りていったかと思うとビール二本とサラミを盆に載せたのをテーブルにとんと置く。

 浴衣に着替えると脱いだ服をハンガーに架けてくれる。私は母に甘える末っ子の気分になって大きく伸びをし、テーブルの前に胡坐をかいて勝手にビールの栓を抜く。

「ああ、美味い。今日はけっこう歩いたから喉にしみますよ」

「お酒が好きならどんどん呑んでね。一民も好きでしたよね。すぐ隣が酒屋だから遠慮は無しにして下さいね。でもお風呂に入る前は少し加減してね」

「いえ、僕あんまり風呂は好きじゃないんで、けっこうです」

「まあ、一民もそうだったわ。あの子が小さかった頃お風呂に入れるのひと苦労でしたよ。でもね、軽くざあっとだけでも汗を流しなさい。もう沸かしてるんだから」

「はあ」

 彼女は実の母親のような口をきいたかと思うと、ふと気付いて他人行儀に改めるという風だった。その揺れが微妙なゆかしさを含んで心地良い。

 風呂からあがると、新しく冷えたビールと肴の小鉢が並んでいる。私は恐縮する心を押さえ込むようにしてその厚意に甘えた。テーブルの隅の盆にはウィスキーと水割り用の水と氷が、そして小さなお櫃( ひつ)もちゃんと置かれてまるでちょっとした旅館のようだ。言葉どおり、私が気兼ねなくこの部屋で振舞えるようにという心遣いに違いない。老女が傍らに座り込んで捨さんの思い出話をさせられることを半ば覚悟していただけにこれほど勝手気ままが許されるとは思いの外であった。

「退屈でしょう?テレビを持ってきましたよ。さあ、これで私ももう上がってきませんからね。一人で好きなようにしていてくださいね。おやすみの挨拶もこの場でしてしまいましょうね。おやすみなさい」

 私もおやすみを返した。片手で持ち運べるテレビであった。そう言えばこの家は電気店でもあった。スイッチを回すと内閣総理大臣村山富市の長い眉毛がいきなり画面に現れた。

    垂乳根の母が釣りたる青蚊帳を

       すがしといねつたるみたれども

 死んだ先輩の家に居て、その母に甘えて畳に手足を伸ばしながら、長塚節のそんな歌を思い出していた。老母は帰郷した息子をこのように世話することを、おそらく長年夢想し続けていたのだろう。叶わなかった夢を今、疑似的になぞっているのだ。

 

 明け方早い時刻に目が覚めた。けっこう酒を過ごしたのに、頭も気分も冴え冴えとしていた。久し振りに綺麗な夢を見た。その中に小枝子に面差しのよく似た女性が現れた。カーテンを引いて外を眺めるとうっすらと靄がかかって、早い仕事に出る人の自転車や車が数台、間をおいて通るだけだった。もちろん漁船はとっくに出漁したに違いない。時刻は四時を十分ばかり過ぎたところである。そのまま起きるには早すぎる。もうひと眠りするつもりではあったが、朝日に照らされたその街路に心惹かれた。なろうことならこのまま表へ出てぶらぶらと散歩したい思いに駆られた。自分の家ではけしてそんな気にならないだろう。ささやかな旅情というものに相違ない。

 でも捨さんの母はまだ起きてはいまい。家人がまだ眠りに就いているのに、客がのこのこ起きだして外を徘徊するのは躊躇われる。この家の人がなによりばつの悪い思いをするだろう。窓を開け放って朝の空気を吸うことで我慢しよう。

 そう思いはしたのだがやはり目が冴える。カーテンは閉じたけど光はわずかに部屋を侵す。とうとう服を着た。着替えた後もしばし逡巡があった。やがて音を立てぬように襖を開け、足音を忍ばせて階段を下りた。玄関の鍵を開けそのままにするのは気が引けたが、ほんの少しの時間だし田舎の気安さの中で育った私は結局は思い切って外へ出た。

 朝靄の中の逍遥は気持ち良かった。短い商店街を抜けて小道を西に折れるとそこはもう間近に波が押し寄せている。汀近く一艘の朽ちた漁船が棄て置かれてあった。やがては漁から帰った船々がこの浜に並ぶのであろう。早朝の潮の香を初めて嗅いだ。深い考えもなくこの町にやってきてよかったのかも知れない。

 老朽船の影から人が飛び出したように見えた。正しくは飛び出すというほどの素早い動きではなく、船の真後ろから出現したわけでもなかった。私の歩いている場所と朽ち船とその人物との位置関係が、そのような錯覚を起こさせたのだ。人影は遺影の小枝子によく似ていた。顔をはっきり判別できる距離ではないのに何故かそう思った。

 その人は汀の砂に目を落として静かに歩を進めている。その人が立ち止まり、波を避けようとして小さく跳んだ。朝日を背に受けていた。とても美しいものを見たようで、汀に沿うて歩み去るその姿を見続けた。人家の重なる一廓へ姿の隠れるまで。汀の砂にはまだ微かに靴跡など残っているだろうかと思うと一首の万葉歌が泛かんだ。

    信濃なる千曲の川の細石(さざれし)も         

       君し踏みてば玉と拾はむ

 我ながら何をやってるんだ。惚れっぽいにもほどがある。一方で、こんな自分のような男は、女性からしたら遣り切れないだろうとも思った。絵から抜け出した女ではなく、生身の体液をもった存在として見てくれなくては息が詰まるわと言いさえするだろう。いい歳をして女性に縁の無いはずだ。とりとめない想いをほしいままに私は捨さんの家への帰途についた。

 小槙商店は既に店を開けていた。外から戻った私を見てお母さんは怪訝な顔をした。私は何だか悪戯を見つけられたように言い訳をした。

「あんまり気持ちの良い朝でしたので、勝手に出かけてご迷惑かとも思いましたが、浜辺を散歩してきました」

「まあまあ、そうでしたか。良くおやすみになれたのなら何よりです」

「浜で遺影の小枝子さんによく似た方をお見かけして少しどきりとしました」

「え?あ、そうでしたか。一民のご友人にご挨拶したかったのかもしれませんね」

 不思議なもの言いだった。声が静かだったからかえって私の背をぞくっとするものが走った。

 朝食に箸を運びつつ私は昨夜とは別の空気を吸っているような気がしていた。最前の彼女の言葉が私の頭の中を巡り続けていた。

「このお味噌汁美味しいですね。僕初めてですが、何のお味噌汁ですか?」

「お口に合って嬉しいわ。菊の花ですよ」

 いよいよ出立となったとき老婦人が言った。

「実原さん、少しだけお待ちください。小枝子の遺書がありますからそれを見てやっていただけませんか。実原さんが見たのはきっと小枝子に違いありません」

 仏間から白い封筒を持ってきた彼女がそれを私に差し出した。これも何かのご縁ですからと一言添えて。短い遺書だった。散文詩かとも見えた。

 

 「乙女の像の傍らで一民さんは逝きました。その体を支えてあげるものが何も無かった寂しさを私はずっと想い続けてきました。可哀相でした。乙女二人の手を合わせようとするあの構図の安定感を一民さんにも与えたい。凭れる一民さんを支え、五年の時空を超えて三角形の美しい構図を完成させてあげたかった。その三角形の一辺となるべきは私しかないのです。

 伯父上様、伯母上様、早くに二親を亡くした私を実の子のように可愛がってくださった御恩はけして忘れません。今朝のお味噌汁は私の大好きな菊の花でしたね。美味しゅうございました。   小枝子」

 

-了-