5年前にオフ会やった時、すごく嫌な瞬間があった。
初会いでたくさんのキス友さんとオフ会やったんだけど
それはもうめちゃくちゃ盛り上がった。
年齢や職業・立場もバラバラだったから『キスマイが好き』というお題目が無ければきっと出会うことが無い人たち。
もし人生がひとつの物語だとしたら、きっとあの瞬間は人生のターニングポイントになる一日だったんだと思う。
あの時出会った多くの人達とは離れ離れになってしまったけど、今でも彼女たちには感謝している。
どんな集団でもそうだけど、うまくやっていくにはある程度の調和が求められる。
仮に2人組の仲良しコンビでもそれは存在するだろうし、これが3人、4人と増えていくとより複雑になっていく。
とどのつまり、20名を越える女性集団がうまく調和することなど1年以内の生存確率は3%未満だと言えよう。
これがどうしてかというと
例えば人当たりの良いAさんが18人とは仲良くできても、たった一人とウマが合わないとなった時、そこから溝が生まれる。
最初はそれが我慢できても、徐々に辛抱できなくなってくる。
結果それが陰口につながり、複雑なグループ関係に陰りが見え出す。
その時のオフ会でも、こんなくだりがあった。
普通に楽しそうにはしゃいでいた主婦ヲタさんがいたんだけど、それを独身のおばヲタさんが
『そういうのはやめたほうがいいわよ』
と、なんのためらいもなく言ってのけた。
笑いで温まっていた空間が一瞬凍りついたのを覚えている。
一見すると『規制することが正義』みたいな意識でいくと、その独身のおばヲタさんの発言は正しいのかもしれない。
ただ、せっかくのオフ会の空気を冷ます発言はいかがなものか。
その主婦ヲタさんもバツが悪そうな感じになったのだが
そこは『奇跡の対応』とばかりに笑って謝った。
ぶっちゃけオレだったら『はっ?』って言って怒ってる。
でも、主婦ヲタさんはそのとき笑って謝った。
『なんてすごいんだ…』って思った。
きっとそれは調和を意識して、せっかくのオフ会を台無しにしたくなかったんだろう。
今でもその対応はしっかりと覚えているぐらいすごいと思った。
それから自分も多くの調和を試された。
でも
それが自分に不向きだというのもわかった。
キス友さんとお酒飲むのも年に数回に留めるようになったし、なにより絡むことを控えるようになった。
何年かに一回会うぐらいがちょうどいい。
頻繁に会ったり、オフ会やったりするのは
しんどいし、揉めるモトだ。
これは決して集まることを否定しているのではなく、調和を意識するには大きなエネルギーが求められるということだ。
特にそう感じたのは、こんなマロンみたいな難しい人間に対して『○○はやめたほうがいい』と言ってきた人たちがいたこと。
『やめたほうがいい』っていう言葉はきっと正しい。
でも、それが本当に当人(この場合オレ)の為になるのかどうかってことだ。
そのときのその主婦ヲタさんの行動もきっと間違ってなかった。
実はそれを止める事の方が間違っている。
自分にとって調和とは何かと聞かれたら。
たぶんそこだと思う。
例えば、オレのことをめちゃくちゃ嫌いなヲタさんがいたとしても
オレはそのヲタさんを嫌いになることはないだろう。
なぜならば
なにもされてないからだ。
だからみんながそのヲタさんを嫌いになってもオレは嫌いにならない。
でも、もし
ずっと仲良かったヲタさんから
『○○はやめたほうがいい』と言われたら
オレは間違いなく距離を置くだろう。
調和とは何かと聞かれたらたぶんそこ。
元来ヲタさんは人付き合いはそんなに上手い人達じゃないとオレは思う。
突き詰めれば実は人が嫌いなんじゃないかな。
きっとあの5年前の
『やめたほうがいい』という言葉は調和ではなく破壊の一言だったんだと思う。
もし今のオレなら
こう言うかもしれない。
やめたほうがいいと言うのは
『やめたほうがいい』と。
仲良くしようとすればするほど、あとでいろいろなツケが回ってくる。
快適なヲタ活動をするために必要な行動をこれからも意識していきたい。
マロン