2025.09.02(火)

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昔の仕事仲間で仲良くなった人がいた。


その人とは良く2人で出かけ、うどんの食べ歩きなどを頻繁にした。


食べ歩きの場所までは距離があり、車移動の我々は色んな会話を楽しんだ。


しかし、その友達は私の会話が変だと言う。


なんでも、話しの途中で違う話題に切り替えるとか。


切り替えるというより、継続中の会話を途中でぶった斬って、いきなり違う話をし出すと。


それまで話していた事がなかったかのように、新しい話題を持ち出すと言うのだ。


トークがとても上手なその友達は、会話のキャッチボールも得意としており、自分が発した内容に相手がどう返答するか予想して会話を組み立てる。


しかし、私との会話だとキャッチボールにならず、投げたボールを無視して、自分のボールを投げてくるという感じらしい。


当時、20代の私は、それまでも色んな友達がいたし、付き合っている彼女もいたので、会話は常にしていた。


その中で会話が変だと指摘された事はなかったので、友達に指摘されて驚いたものだ。


後に、それが私の特性と気付くが、その当時は何がダメなのかよく分からなかった。


私の頭の中はひとつの話題から別の事を連想し、そこからまた別のものを連想するので、その時の頭の中にある話題は最初のそれとは全く別物になっている。


しかし、私の中では、順番に連想しているので、その話題は繋がっているのだ。


例えばこんな感じだ。


友達とうどんの食べ歩きに行く時の会話。


友達が『さぁーて、今日はどの店に行こうかなぁ』と話し始めたとする。


普通なら『そーだなぁ、この前やってなかった店はどうだろう?』などと返すだろう。


しかし、私の頭ではこの前休みだった店に行きたいと思っても、私が行く店はやってない場合が多く、その店の名前を出したら私の負のパワーで休みになるかもしれないので、言わない方が良いかなぁと思い、あー、なんで私は店がやってないという不安に見舞われるのだろうと落ち込み、でもその代わり天気は良いんだよなーとプラス思考になり、そういえば私たちの食べ歩きで雨だった事ないよなぁ?と思い、でも確信が持てないので、友達に聞いてみようと、次の発言になる。


『そうだなぁ…。あ、そーいえば、オレたちのお出かけで天気悪かった事あったっけ?』


極端な例だが、本当にこんな感じになる。


会話部分だけ切り取るとこうだ。


友達『さぁーて、今日はどの店に行こうかなぁ』


私『そうだなぁ…。あ、そーいえば、オレたちのお出かけで天気悪かった事あったっけ?』


こうやって聞くと、確かに会話をぶった斬って違う話題にしている。


でも、私の中では繋がりがあり、友達が『雨の時も普通にあったよ』と返してくれば、『それなら今日行く店が休みの確率は低いな』となり、じゃあ、この前のやってなかった店に行こう!と返すつもりなのだ。


まぁ、友達からすると、私の頭の中の流れを聞かなければ、トンチンカンな事を言っている人でしかないのは頷ける。


仮に友達が雨の時もあったと返してくれば、次の私の発言は『じゃあ、この前やってなかった店に行こう!』となる。


会話だけ切り取るとこうだ。


友達『さぁーて、今日はどの店に行こうかなぁ』


私『そうだなぁ…。あ、そーいえば、オレたちのお出かけで天気悪かった事あったっけ?』


友達『雨の時も普通にあったよ。』


私『じゃあ、この前やってなかった店に行こう!』


本当にこんな会話になるだろう。


“じゃあ”って何がじゃあなんだ?というツッコミが起きる所だが、友達はその会話の意味不明さに唖然とし、ツッコミすら入れられず、頭おかしいのかこいつ?と思いつつと、言うに言えないといった感じだったらしい。


今では順序立てて話そうと意識しているが、そうすると妻に話しが長いと叱られる。


短く喋ると、何を言ってるか分からないとまたもや叱られる。


意識して努力しているのに、どうやっても叱られる私。


本当にこの世の中は生きにくいと感じる。


ちなみに、頭に連想した事をそのままブログにすると、とても長い文章になる。


私の勝手な予想だが、ブログが長くて話題が飛び飛びの人は、私と似たような特性である可能性が高い。


さぁて、どうしてこの話題を書いたかというと、今日、私の頭の中で、連想に連想を重ね、スキーがしたいという気持ちになったからだ。


“真夏に真冬の事を考えるなんて普通ではない”という事を面白おかしく書こうとメモをしておいたのだ。


メモの内容は“スキー”だけだ。


運転中の信号待ちでスマホのメモ機能に書いたので、それが精一杯だった。


しかし、しばらくしてそのメモを見る。


すると、残念な事に、何を連想してスキーになったのか、途中経過を覚えていないのだ。


記憶のキャパシティは有限なので、湯水の様に湧いて出るイメージは、同じスピードで失われていくのかもしれない。


今日のこの話し、共感する人はいるだろうか?


また、周りにこういう知人がいるだろうか?


もし知り合いにいるなら、その人は頭がおかしいのではなく、整理しきれない情報が頭の中に湧き出ているからだと思っていただきたい。


これは思考だけでなく、行動も同様なのだが、それはまたの機会に書くとしよう。


おしまい。