第3章 新たな夢への旅立ち (4) | 水薙鳥の翔ぶ碧い海へ

第3章 新たな夢への旅立ち (4)



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8月3日8時30分三宅島阿古港を出航。さあ、最後のランである。下田ボートサービスに帰港時間を知らせ、一気に下田を目指す。長い長い旅であった。思わぬことで不本意な足止めを食ったが、いろいろな体験が出来、いくつもの思い出を持ち帰ることも出来、総じて良かったと思える。




水薙鳥の翔ぶ碧い海へ


ましてや二人ともこれといった病気にもかからず、怪我もせず、帰ってこれたことは望外の喜びと言える。神子元島をかわすとあの懐かしい白灯台が見える、「帰ってきたぞー!」思わず叫んでしまいそうになる、湾の入り口では相変わらず、小さな船が魚を追いかけている、懐かしい光景である。





着岸したら先ずなんと言おうか、二人並んで深々と頭を下げようか、など弁明方法について、あれこれ考えをめぐらすものの、上手い考えが思い浮かばない、そうこうしているうちに、なつかしい下田港に入津、そして接岸、「お帰り!無事で何より」暖かい声が飛び込んで来た、思わず「ご迷惑をおかけしました」素直にそんな言葉が出てきた。



水薙鳥の翔ぶ碧い海へ

こうして私たちの24日間に渡る鬼平Ⅱでの人間漂流記は幕を閉じました、終わってみてこのような経験が、人生の復路にさしかかって何か目標を見失いそうになっていた私たち二人にいろいろな教訓を与えてくれたり、感激すると言う人間本来のありように接することが出来た、ひいては新たな活力を蘇えらせてくれ、何故か一回り若返らせてもくれたようである。





そして出航する際、抱いていた「冒険心」をどの程度、満足させるような航海であったかというと、艱難辛苦を克服した結果得られる喜びを「冒険」というなら、我々のそれは「冒険」とは程遠いものといわざるを得ないであろう。



しかしながらあの島で我々が経験した様々なこと「若い人達の島、子供たちの屈託のない笑顔、小笠原丸が生活の日時計になっている島、今も生息する固有種、夜の社交場」それらは全て我々が経験したことがない営みであり、出来事であった。今回我々はそれらと期せずして遭遇できた。それは我々の心を揺さぶる驚きと興奮の連続であり、正に「冒険心」をくすぐる何者でもない出来事であったといえる。



確かに、我々には堀江さんや白石さんのような「冒険」はとてもできないが、これからも、彼らとは違った意味での「今回のような冒険」は出来る筈であり、体力が続く限り求めて行きたい心の探求として、この「冒険心」を位置付けたい。そして今回の貴重な経験を新たな旅立ちの糧として、我々二人は次なる冒険に踏み出して行きます。従ってこの物語は今回で終わりではなく、次回へと続く私たちの冒険談のはじめとします。



最後に小笠原の皆さん、そしてホームポートの下田ボートサービスの皆さん、仲間、いろいろお世話をかけたり、ご迷惑をおかけしました、心より陳謝いたします。そして無事このように沢山の思い出を持って帰ることが出来たのも、ひとえに皆様のおかげかと思い感謝の念でいっぱいです。本当にありがとうございました。



2009年10月

鬼平Ⅱ  船長  尾鷲 光由