話は朔り、昭和10年頃だったろうか、大衆小説が広く読まれるようになり、作家 川口松太郎が発表した恋愛小説「愛染かつら」が大評判となり松竹で映画化された。
主演は、当時 林長二郎と並ぶ、上原謙と、これまた人気絶頂にあった田中絹代の二人だったからとどめしらず。「愛染かつら前後総集編」だけでなく遂に「完結編」まで作られたが、時は昭和13年、支那事変の最中、戦争は日毎に拡大し、我が国の政府も軍部も収拾がつかなくなり戦時体制を強化、出版物は検閲所謂言論の統制、恋愛ものなど軟弱、以ての外となってお蔵入りとなった。
しかし、敗戦によってすべて体制は御破算、堰を切った洪水の如く巷に溢れ、松竹映画も同様お蔵入りの映画が次々と上映された。中でも「愛染かつら」が、全国で一挙上映されると、四時間近くのものにも拘わらず、やはりどの映画館も大入満員でした。
新聞で福井市片町の国際劇場で6月24日から30日まで上映されると知り、私も友人と6月25日に見に行った。六月なのにとても暑かった。
国際劇場の映画館には、天井の扇風機があるだけで冷房も無く、満員の映画館はむせ返る暑さだったが、人気の「愛染かつら」を汗を流して楽しんだ。
映画館を出て、本町にある「大陸」という喫茶店で冷たい飲み物をとった。
そして、その三日後の、6月28日、大震災が発生。
超満員だった国際劇場は、全壊焼失、多数の犠牲者を出した。
私等も三日後に行っていたならばーと思うと、好運を分かち合った。
これは後からのことだが「愛染かつら上映中」の大惨事になった事を知った主演女優の田中絹代や上原謙などの映画関係者が、東京銀座の街頭で義捐金募金をしてくれたと報道された。私等からしたら、俳優さんは雲の上のように思っていたので、一際温かいものを感じてうれしく思った。