震災の前後
少し気持ちが落ち着いた処で、震災前後の身近に起きた事を少し思いだそう。
あの年の六月、新聞か広告だったか、東京大角力(おおずもう)の地方巡業が福井市でも催されると知り、村でもこの話でもちきりだった。
それ以前に福井県内で大角力の地方巡業があったのは昭和15.6年頃だったか、名横綱とうたわれた双葉山の一行が、巡業で旧金津町へ来た。
私の父も、その時見に行って興奮して話してくれた。その大角力巡業が焼け福井で興行されるものだから、まだ見たこともない大角力にワクワクさせられた。村の友人三人と約束、日時は6月15日、場所は福井市呉服町東別院の広場。私ら三人は前日の夜、細呂木駅で最終上り列車に乗り、福井駅の待合室で夜明かしした。
朝飯は呉服町から東別院に向かうところにある「輪違」という揚げ東武のうまい店があるのでそこにしようときめた。三人が福井駅の待合室でうたたねしていると、鉄道警察が来て切符を見せという。私らは大角力を見に来たので、夜が明けたら出ますと、訳を話したら許可してくれた。鉄道警察は待合室の全員を調べ、統制品の米など持っていたものはみな没食子された。
夜が明けたので会場でもみてくるかと、人影もない市内を呉服町まで行き東別院に使ったら、もう人が居る。「何ですか?」と聞くと大角力の木戸が開くのを待っているという。私達はもうびっくり、呑気に朝飯など食べていたら場所がないぞと立ち並んだ。朝飯抜きのおかげで桟敷の場所で見ることが出来た。
人気力士の照国や東富士のほか大勢の角力取りを間近で見て、私等も興奮していた。あのときの親父の気持ちもよーくわかった。
面白かったのは初っ切りで呼出しが、何々さまのお好みにより「ショッキリー」と告げると、角力の負け役の力士が四本柱の一本にスルスルと登った。あの大きな体でよくあんなことが出来るもんだと感心した。亦、角力のファンや名士連が打った花を台の上に山と積み重ねて呼び出しが一つ一つ披露する中「同じく一封、私に下さあーる」と読み上げた。呼び出しにも誰か花を打ったのだ。
それと、大きな横綱東富士の乳が、年老いた女のように垂れていたのが印象にのこっている。
娯楽の少ない時だけに空腹も忘れて東京大角力を堪能した。