「アナログレコード(ヴァイナル、Vinylとも呼ぶ)が復活の兆し」。そんなニュースが伝わってきたのは2012年か2013年ごろだったろうか。個人的な印象で言えば、レーベル主宰者で自らレコードショップやプレス工場を立ち上げたミュージシャン、Jack Whiteが火付け役の1人だったように感じている。前後して、「海外ではアナログレコードの人気が上昇している」などと報じられ、SNSでは「アナログレコードに親しむ若者が増えている」みたいな記述もちらほら見かけた。
本音を言えば、「懐古趣味的なファッションの一つ、一時的な流行じゃないのかなあ」と遠巻きに見ていた。そして「大判のアートワーク(ジャケットデザイン)目的、インテリア目的に買ってるだけじゃないの」とも思った。日常的に音楽を聴くには、CDからリッピングした(またはダウンロード購入した)iTunes、iTunesとリンクした端末が圧倒的に便利なわけで、今さらアナログレコードなんて…と思ってた。いや、本当に思ってた。
引っ越しのたびに捨てられず、押し入れに入ったままだったレコードプレイヤーをミニコンポにつないだのは2014年8月のこと。部屋の整理整頓をしたら棚が空いたし、押し入れの中で居場所がなくなりつつあったプレイヤーを悪戯半分に置いてみた、だけだった。同じく押し入れに入ったままだったレコードを何枚か聴いてみた。「音がまろやかだな」とは思ったけど、それよりも古い安物のプレイヤーがまだ使えるということの方が、強く印象に残った。そもそもアナログが唯一の選択肢だった時代の盤しか手元にないから「音の良さ」にも特別な感慨はなかった。
それ以来、レコードプレイヤーを使うのは、押し入れに入ったままの盤を一度聴いて名残を惜しみ、CDが入手しにくい作品はMDにダビングして、オークションなどで売り払うのが主な目的になった。親父が死んだ後、残された膨大な遺品(遺族にとっては大半が不要品)の処分に困り果てた経験も根っこにある。自分が生きている間に、断捨離できるものは、しておこう。そんな気分もあった。
喩えて言えば、僕にとってレコードはビデオカセット(VHS、β、8mm)みたいなもの、レコードプレイヤーはビデオデッキみたいなものだった。必要に迫られて使うことはあるけれど、決して主役にはならない。そしていつかは、脇役の座すらも追い払われて粗大ゴミシールが貼られる。先行きの運命は決まったも同然だった。
2016年のDavid Bowie「★」以降、毎年の洋楽年間ベスト1位作品だけはアナログでも購入していたが、実は未開封のままだった。いわば「ありがとう」の印で買った記念品である。
そんなアナログレコードの位置づけが激変したのは、今年の4月末のことだった。日本に取材で到着したばかりのイギリスの姪っ子との短い言葉のやりとり。全ては、ここから始まった。
「(音楽を聴くときは)みんなSpotify使ってるよ。音源を保存できるし」
「(Apple MusicはiCloud使わないといけないのに)Spotifyは簡単に保存できんの? えっ、うそっ」。
Apple Musicは早々に使い始めてたけど、同等の月額料金を二重に払ってまでSpotifyのPremiumサービスを使いたいとは思ってなかった。でも、ちょうどキャンペーン中だったので試しに使い始めたら、あらまあ、さくさく保存できるし、外出時はタブレットでオフラインでも同等の機能が使える。ああ、なんてことだ。旧作のみならず、大半の新作も発売と同時にチェックできちゃうじゃないか。もうCDを買う必要なんて、ないじゃないか…。
あまりの衝撃に、しばし考え込んでしまった。待てよ。こんなことしていて、いいんだろうか。アーティストにちゃんとお金が流れるんだろうか。最近は月に1〜2万円ほどCD購入に使っていたけど、浮いた分でアナログを購入するというのは、どうだろう? きっかけは、そんな思いつきだった。
とは言え、何となく確信のある思いつきでもあった。利便性重視で音楽を日常的にBGM的に聴くなら、Spotifyで十分だということは実感できた。でも、名作とはじっくり向き合って聞き込みたい。そんな新しい音楽習慣がすぐ目の前に開けてきたような気分になり、自分で無理矢理背中を押すように、渋谷タワレコでアナログ盤を大人買いした。
個人的な名作リストであるRadioheadの「OK コンピュータ(リイシュー盤OKNOTOK)」とBeck「Morning Phase」、そしてレコード・ストアズ・デイ限定発売でCDやストリーミングサービスでは聴けないWilco「Live at the Troubadour L.A.1996」はちょっぴり冒険で購入。同時期には、Spotifyでお気に入りになったばかりのインディロック新人女性シンガー、Caroline Rose「LONER」を、アートワークの面白さ込みでアマゾンで購入した。
針を落として聴き始めて、かなり驚いた。CDやSpotifyでしか聴いたことがなかった作品は、とくに音質の違いが鮮明に感じられた。団子状にまとまっていた音の群れから、一音一音がきっちり分かれて立体的に聞こえる。埋もれていたベースラインもはっきり聞き取れる。リードギターとサイドギターも別々の旋律で聞こえる。ドラムスの叩き方のニュアンスの違いも分かる。マンドリンやストリングスの弦の音の響きや空間の広がり感も段違い。作品本来の音の表現を、初めて知ったワクワク感が半端ない。
翌週はNirvana「Never Mind」、Arctic Monkeysの1stも追加で購入。これがまた凄かった。ガレージバンドの演奏を間近で聴いているような迫力を宿した質感に胸がざわついた。元々は、こんな音だったのか。それも知らずにCDやMP3で聴いていたのかと、少々ショックですらあった。この時点で、腹は決まった。基本的に、もうCDは買わない。Spotifyなどのストリーミングで日常的に試聴はするけれど、「これぞ」と思う作品はアナログレコードで買おう、と。2018年になってこんな風に思う日が来るなんて、想像もしていなかった。自分でも驚くほどの変わり身の速さだった。
もちろん僕も仕事人なので、アナログレコードと向き合って作品をじっくり堪能できるのは1日1枚が限度、後はSpotifyなどで流しっぱなしにしながら執筆作業をしているのが正直なところだが、このアナログタイムがとても愛おしい時間だ。仕事場マンションのお隣さんは企業勤めの人と思われるので、出勤して留守にしているであろう平日の午前中に少々音量を上げて楽しんでいる。もちろん全てのアルバム作品でアナログの音質に感嘆できるとは言いがたいが(とくに電子楽器系)、何となくアナログ向きの作品を嗅ぎ分ける嗅覚も徐々に備わってきたところだ。
音楽の好みにも関わる話はこれくらいに留めておくとして、さて、冒頭の「アナログレコードが復活の兆し」という話題に戻る。これはあくまでも仮説に過ぎないけれど、アナログレコードの復活と、Spotifyなどのストリーミングサービスの普及は、濃厚な関係式があるのではないかと最近思い始めた。
Spotifyがアメリカでサービスを開始したのは2011年。「アナログレコードが復活の兆し」というニュースが伝わり始めた時期と概ねリンクしている。利便性を重視した音楽聴取スタイルは、雪崩を打つようにCDからSpotifyに流れて、CDの販売枚数は海外で劇的に落ちた。そして、その一方で、音質重視のリスナーはアナログにも走り始めた、という仮説が一応成り立つ。一時的な流行などではなく、新しい潮流ということ。自分が5月に経験した衝撃をそのまま踏まえた仮説だけど、かなり、当たっているような気がする。
日本では、5年遅れの2016年9月からSpotifyのサービスが始まった。まだ日も浅く、現時点で日本でアナログのブームが開花したとは言いがたい。それは、ショップを見ればよく分かる。レコードを売っている店の大半は1960〜80年代に発売された中古盤の品揃えがほとんどで、来店客も僕と同年代のおじさんが目立つ。昔ながらのアナログ人がアナログをさらに深掘りしているだけで、新しいアナログ人が増えているという実感が薄いのだ。そして、最近発表された新作アナログを豊富な品揃えで展開しているショップが少ないということも分かってきた。
僕が知る限りでは、東京では新宿ALTAのHMVと渋谷タワレコがギリギリ許容範囲といった感じ。大阪ミナミには雑居ビル2階にFLAKEレコードというショップがあって、目下のところ日本一の品揃えとセンスの良さではないかと感じる(とくにインディーズ志向のファンにとっては)。先日発表されたらしい「The Top 50 fun record shop in our Galaxy !」のリストには世界中のレコードショップから82店がリストアップされているが、アジアでは唯一、FLAKEレコードが51位に選ばれていた。ちなみに昨秋ロンドンで出向いてコーフンしたRough Tradeショップは4位にランクインしていた。あと半年早くアナログに目覚めていたら、Rough Tradeショップで大量のアナログレコードを貪るように買っていたと思う。
最近はアナログレコード礼賛のTweetばかりしているけど、そう簡単に、今の若者がアナログに走り始めるわけではないだろうな、とも思う。大きな違いは、アナログレコードを裏返しながら聞き込むという原始体験があるかないか。僕は親のいない間に自宅のステレオを占領して昼間に聞き始め、高校時代に自分の部屋を与えられてからは自分専用のオーディオセットを購入した。アナログの音に親しむという経験は記憶の底に鮮明に残っていて、当時の音楽との向き合い方が身体に染みついているから、簡単にアナログな音楽鑑賞スタイルになじめる。
若者にとって、20分足らずの片面ごとに音楽が途切れ、裏返して続きを聴くという行為は、かなり面倒に思われるだろう。そして、何よりもオーディオ装置を新たに購入するのもハードルが高いかもしれない。プレイヤーとスピーカーをどうやって繋げたらいいか見当もつかない人は多いだろうし、既存のミニコンポを流用するとしても、ちょっとした勉強が必要になる(例えばフォノ・イコライザーが必要な場合がある、とか)。
そうは言っても、アナログレコードの音質の良さは、音楽ファンならぜひ味わってほしい体験だ。改めてアナログレコードの魅力に取り憑かれてしまった僕は、もうCDには戻れないと思うし、たぶん本当に戻らないと思う。どんなものか、ちょっと試してみたいと思う人は、新作系なら試聴ができるレコードショップで体験するか、70年代前後のレコードなら一部の公共図書館(未確認だが、都内で言えば、国立国会図書館1Fの音楽・映像資料室、文京区小石川図書館2Fで体験できる可能性あり。確認できれば追記します)などを一度利用してみてほしい。たぶん、少なからず驚くと思う。「今まで聴いていた音は何だったのか」と。
新作をアナログレコードで買うという習慣が、日本でメインストリーム(の一つ)になる日は果たして来るのだろうか。いや、来てほしい。個人的な理想を言えば、昔のように、国内盤のレコードが発売されるようになると嬉しい。もちろん大判のライナーノーツ&対訳付き、でね。
ところで、このブログをアップしようと思っていた月曜日の朝、僕のレコードプレイヤーがご臨終を迎えた。高校時代に購入したものと思い込んでいたが、品番で検索すると1995年発売の安物と判明。ああ、そうだそうだ、新宿タワレコの前にあった中古音響機器の店で購入したんだった。ベルトドライブ方式なのに20年以上持ちこたえてくれたことに感謝。取り急ぎで購入した新品のDENON君(ヨドバシで14,100円で売っていた入門機のDP-200USB)、よろしくね。
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最後に、アナログレコード&レコードプレイヤーに(再)入門するためのガイダンスを少々。
●僕が知る限りでは、新作アナログレコードの大半には音源ダウンロードのためのカードがついてます(ついてないのもある!)。CDが添付された作品もありました。なのでiTunesなどに音源をストックするのは(ほぼ)可能です。そう考えれば、3000円以内程度でアナログを買うのもそんなに高くはないでしょ?
●「新作をアナログでもリリースする」という選択肢が加わり始めた2010年代の作品のなかには、33回転ではなく45回転の作品が少なからずありそうです。例えば2012年発売のBeach House「Bloom」と2017年発売のFoo Fighters「Wasting Light」(2011年作品)は45回転でした。
●40分を超える作品の場合、アナログで2枚組になることが多いです。昔の「A面・B面」の感覚とは、ちょっと違うと思います。2枚組は少々割高になりますね。2枚目が片面だけ、というケースもあります。
●新作の場合、数ヶ月で売り切れになる場合が時々あります。元々のプレス枚数&印刷紙加工枚数が少ないからと思われます。とくに特別仕様盤(色つきや透明など)は早々に売り切れます。中古で探し出すのは至難です(手放す人が少ないためでしょう)。
●レコードプレイヤー。個人的にIONの赤いカートリッジのプレイヤーはお薦めできません。量販店のおじさん曰く「レコード盤の溝よりも針が太い。盤を傷つける可能性もある」とのことでした。
●カートリッジ部分だけ音響専門他社から調達して、あとはプレイヤーに組み上げて販売している新興メーカーも多そうな気配がします。デリケートな機構の装置ですから、やはり老舗のブランドが間違いないと思います。親世代の人に相談するといいかもしれません。例えば、こんなコンテンツがあります。ご参考までに。 かなり親切なガイダンスだと思いました。
http://pr.denon.com/jp/Denon/Lists/Posts/Post.aspx?ID=386#.Ww_ASq1pMkg