ぐるぐるノート 〜 中庸、循環、直観、直感と凸と凹 -51ページ目

ぐるぐるノート 〜 中庸、循環、直観、直感と凸と凹

その奥の奥の向こう側へ、立体的に☆☆☆なんてことない思いつきをこのぐるぐるノートに書き留めておきます☆☆☆

近所にいまどき珍しく毎週魚屋さんが行商にくる。

今朝はそこのしょっぱい鮭と納豆、玄米そして味噌汁を頂いた。僕には十分過ぎる朝食だ。毎日食べられるごはんに感謝。もちろん作ってくれる人にも。以前は精米所に行ったり、精米機買って白米を頂いていたが、もうずいぶん前から我が家では玄米で頂いている。そのおかげかどうか、なんとなく毎日調子がいい、本当にありがたい。

この「なんとなく」という「気配、気」 人間は、というよりも僕はこれでいろいろな人、いろいろなところに及ぼしていることが分かった。


私の日記帳~ぐるぐるノート-この「私」というもの

「私、私と云って生きてきた。

 この私というものの正体は

  不明なものであった事を知らされた」



もし「私」が存在しているのなら、私というものを通して使ってください。私という箱、パイプ、経路を使っていただきたい、そう役に立ちたいと感じた。言うは易く行うは難しですが。本当なら、僕や私などは要らないのかもしれませんね。

実は妻は患っていて、西洋医学的には治らないものだそう。東洋医学からは勉強不足ゆえに分かりませんが。このことでいろいろなことがあり、「僕」や「私」があるからとても悩みましたし、お互い話し合いし、とにかくいろいろありましたし、これからも向かってゆくことでしょう。

なんとなくですが、治ると感じています。そのときは今、生きている環境、物質的なモノ、家庭環境、人間関係の気の乱れ、余分なものが整い落ち着きを見せる、究極的には肝が据わる、果ては達観できるようになると気がつけば治っているのではないかと感じています。
夫婦はもちろん、一人ではなく、二人でひとつです。実生活や精神面においても片方が置いてけぼりになってはいけないのですね。人生いろいろありますし、独身であることが時折隣の芝生のように見えることもありますが、この日記を残している「私」という人間、魂が磨かれるには、結婚、夫婦という形は必要だったのでしょう。もし、今でも独身であったら、今よりももっととんでもない輩だったことでしょう。

このとんでもない輩にまたどうしてか、親ばかと云われても仕方ありませんが、うちの子供は上が女の子、下が男の子で…やはり親を選んで子供は生まれてくるのでしょう。「私」は日々教えられている立場です。

これもみなさんがよく言われる「お試し」なのかも知れません。日々やってくる小さなお試し、俯瞰すると見えてくる大きなお試し、共に淡々と清々と過ごしたいものです。

余計なものを捨てると見えてくるものがあるのでしょう。

お読みいただきありがとうございました。

本当にありがとうございました。










この日記を始めて約2年3ヶ月。

東京タワーが近いこの愛宕神社の桜を日記に残すのも今年で3回目、なぜか続いています。

そしてなぜか桜を愛でることができる時期にタイミングよく訪れることができるのです。確かに行こうと思えば簡単に行けるのですけどね。

どうやらこの神谷町、芝、愛宕エリアは私の人生に於いてとてもとても縁のある場所と感じ、とても落ち着きます。小学生のときから就職、仕事に関していろいろと、この地でご縁をいただいたり、そこから派生したりしています。今思うととても不思議です。

ここは確かに都会なのですけど、都会の砂漠というか、ちょうど駅がどこも中途半端というか、JR新橋、日比谷線神谷町、三田線御成門、銀座線虎ノ門をぐるりと線で引っ張ったところの中心にあるようなイメージです。

土日は交通量も少なくひっそりしています。


私の日記帳~ぐるぐるノート-2009愛宕01

名物の階段。

ここを駆け足で上がってください!
昔、学生がうさぎ跳びしていた記憶があります。

私の日記帳~ぐるぐるノート-2009愛宕02


私の日記帳~ぐるぐるノート-2009愛宕03


私の日記帳~ぐるぐるノート-2009愛宕04


私の日記帳~ぐるぐるノート-2009愛宕05


名物の階段手前に酒屋さんがあります。
実は、中に入ってみるとワインがたくさん並べてあります。
私も手土産にワインやお酒をこちらで選んだりします。

お車でなければ、お店の外で飲んだり
もしかしたら試飲できるかも知れませんよ♪

ホームページがありましたので、
リンクしておきますね♪→ 愛宕小西


都内にこういった心洗える場所があるなんて
とても幸せです。

『竹馬の友』という表現は「走れメロス」を読んで覚えた。

当時友達と、「おお、竹馬の友よ!」なんて走れメロスに感化されて抱き合いながらふざけていたので、なお更よく身にしみている言葉である。

幼稚園からの友達がいる。

3人でよく遊んだのだが、どこをどう経たのか、日曜日、母の日だからプレゼントしようということになり、近所の花屋さんでめいめい赤い花を買ったことがある。恥ずかしいからやめようよ!なんていいながらも母の日だから…って。そこは3人、前向き派、躊躇派、中立解決派と見事にその時そのときを役割分担して進めるのですね。3人集まると面白い。

近所で3人、買った花を手にして…

バイバイしてから各自がプレゼント渡すよりも、せっかくだから、長く家族付き合いもあるので、それぞれの家にこれから3人で一緒に回ってお母さんに母の日のプレゼントをしようと。当時急に思い立ったのでしょうね。

多分、あれは18、19の頃だったと思います。


 最近はエジプト特集の雑誌でもこういった素敵なコンセプトで組まれているのですね。それだけ身近になったのでしょうか。私も去年買ったお気に入りです。雑誌は買うのならリゾート特集、ホテル特集などですね。やっぱり想いを馳せるのが・・・つまり妄想が大好きなので。

大人の旅Bravi Vol.7 2008年夏 (昭文社ムック)
¥1,000
Amazon.co.jp

 私が卒業旅行と称しエジプトを訪れたときは、カイロ到着まで約21時間ぐらい?とにかくノンストップ便がありませんでした。
成田から出発して途中フィリピンのマニラで給油、そして次にタイのバンコクでまた機内清掃も含めて給油・・・何回食事したのか覚えていません。なんともまぁ、長い旅でしたけれど、飛行機大好き人間の僕にとっては最高のフライトでしたし、まず、これだけでも大満足。途中、深夜バーレーン上空を飛んでいたとき、このエリアが湾岸戦争の舞台だったのだと教えてもらったときは、ちょっぴりびっくりしたのを覚えています。

 当時ヴァージンでロンドン経由やオリンピック航空でギリシャ経由でカイロというのもあったと記憶していますが、適度な値段というのもありますし、訪問国に行くのなら、その国のエアラインを使うという私のヘンなこだわりがあったものですから、エジプト航空を指名しての旅行でした。

 私の人生において、キーワードは何かというと、今のところ、海外(旅行)、飛行機(空)、海外のリゾート地・・・そしてそこで海を眺める。するととても胸がすく感覚になります。仮にこれがいわゆる前世の全盛期の記憶だとよいのですが。

 リゾート地で思い出しましたが、エジプトのアスワンという地域は僕にとってリゾート地でした。有名な話ではアガサ・クリスティの「ナイルに死す」の舞台になったところ。今ではもっと今風のリゾート地と化しているのでしょうか。午後、ナイル川で帆掛け舟(ファルーカ)に乗って太鼓たたいたり、歌ったり。

 遺跡めぐりももちろんよかったのですが、ここ、アスワンのホテルのオープンバーで夕陽に照らされるナイル川を眺めながら楽しむカクテル、そして知り合った方々とおしゃべりを楽しむ・・・至福のひとときでした。ちょうど私が滞在していた時期はラマダン(断食)だったので、現地添乗員さんは飲まず食わずで日中かわいそうでしたけどね。

 私は一人参加でしたので、ほんといろいろな方と知り合えました。所謂ツアー旅行なり、バックパッカー旅行なりで一人旅をして思うのですが、実は一人旅というのは、一人旅ではなく、知り合いや家族で一緒に行く旅よりもずっといろいろな方と出会えると思います。行き先を決めていない旅でしたら、途中知り合った仲間と行動を共にしたり、B&B(ベッド&ブレイクファースト)の部屋代をシェアしたりと何かと心に残るものです。だから学生さんや自分の時間を比較的自由に取れる方は、どんどん一人旅したほうがよいと思います。
 図書館でたまたまギリシャ神話と日本神話は似ているのですよ、というような内容の本を読んでいました。

 縄文時代の人々はたくさんの土偶を作ってはわざわざ壊し、その破片が作物などを生んで育てる力を持つと信じ、その破片を分けて家の中にお祭りしていたと思われているようだ。あまり関係なさそうだけど、なんとなく「お裾分け」という感覚も回りまわって、こういうところから来ているのかな。

 土偶を壊すという行為は女神様~ここでは仮にそう呼ぶことにする~が殺されるとその死体の一部から人間の食べ物になる作物が生えてくるという信仰を持っていたことによるらしい。神話の中に出てくる女神様はおいしいご馳走を体から惜しみなくどんどん出して欲しい人間に与えていた。ただ、どのように食べ物を出しているのかを人間が見てしまうと、女神様は殺されてしまうのである。そしてその体の一部一部を土に埋めると、さまざまな種類の作物が生えて出てくるのだというお話し。

 人間がこっそり女神様が作物を作っているのを見てしまうというシーン、女神様の体から排便のようにどんどん出してゆくのだそうだ。それを汚いとみて人間が殺してしまうのだそうだ。

 ここで思ったのが、全く関係なさそうだけれど、トイレ掃除はちゃんとした方がよさそうだということ。一見汚いと思いがちだが、女神様から作物がどんどん出ていたのだと思えば、なんだかとってもありがたく感じるのである。似たような話しで山ウバが出した排泄物を川に流したら錦の布ができて長者になったり・・・排泄物がさまざまな作物、また不思議な力を持つウバ皮などの宝物をいくらでも出すことができるのである。

 神様というのは外にいるものではなく、意外と気が付かない人間の内側にいるのではないかという話しもある。それと同じように人間にとって思いもよらなかったところに実は解決する鍵となるものがあったりする、それが現代でいうトイレなのでしょうか・・・。もちろんトイレに限ったことではないですけど。思いもよらぬところに解がある。これがなんとなくキーワードのような気もします。

先週の犬の排泄物掃除の話といい、こんな話題が続きますが、トイレ掃除はした方がよい、なんとなくそんな気がしました。
 今朝、私の大好きな旅番組でエジプトを紹介していた。やっぱり惹かれるんですよね~エジプトって…なんて思っていたら、私、実は卒業旅行と称してツアーだったのですが、一人参加でエジプト旅行したのでした(笑

 なぜ卒業旅行をエジプトにしたのか…卒業して新しい社会に出るのだから、いわゆる世界四大文明のひとつでも、なにかデカイものでも見てこよう!!そして社会に出て大きくがんばろう!!などと若気の至りですか?と思えるような動機でしたけど、なんとなくそう思ったのですよね。

 番組みながら咄嗟に約15年前のエジプト旅行に持っていった「地球の歩き方 エジプト」をめくったりしていた。懐かしいものです。当時訪れたところの入場券やらなにやら出てきました。そういえば、「世界征服したぞ~」なんて言いながらピラミッドの前で両手を広げて写真撮ったっけ。「写るんです」のパノラマ版や当時大きかった8mmビデオ持っていってさ。

 そうそう、年始早々我が家に仲間入りしたイタリアングレイハウンド、イタリアの犬かと思いきや、ちょっと調べてみると「エジプト王室で飼われていたともいわれており、ファラオの墓からそっくりな犬のミイラも発見されています」ですって!どうもエジプトっぽい顔した犬だと思ったら…笑☆ちょっとエジプトにシンクロしている土曜の朝です。



私の日記帳~ぐるぐるノート~いい時代をつくっていこうよ!!-エジプト-地球の歩き方


普通の人でも

宗教にかかわっている人でも

どんな宗教でもそういうこと関係なく


何か、事を起こす前に

手を合わせる・・・

胸に手を当ててもいいと思う


とにかく何か一呼吸おく動作があるといいのかも


瞬間湯沸かし器のような気性の激しいひとでも

カッとなる前に、「10数えて!」じゃないけど

手を合わせる、または胸に手を当てる


これでずいぶん世の中がよくなるような

そんな感じがします