ぐるぐるノート 〜 中庸、循環、直観、直感と凸と凹 -44ページ目

ぐるぐるノート 〜 中庸、循環、直観、直感と凸と凹

その奥の奥の向こう側へ、立体的に☆☆☆なんてことない思いつきをこのぐるぐるノートに書き留めておきます☆☆☆


この時期

長らく土の中にいた蝉が地上に出て
ほんの一瞬の今を思いっきり享受し
まさに一生を終えようとしている

歩いているときに目にするので
多くの蝉たちがアスファルトの上で
仰向けになっている

そういった蝉たちを近所で見かけ
ちょっと手足を触れて
少しでも反応していたら
庭の松の木の根元や草木に
そっと置いてあげるようにしている

都会であっても最後ぐらい
コンクリートの上ではなく

木と土の香りがする場所で
自然に還ることができるというのなら・・・


蝉さんたちよ

ありがとう

また来てくださいな


地震、食糧危機などなど

近いうちに来るとか

聞いた話で真実味があるとか

己の勘やらなにやらで確率が高いとか


そういうことを口にしてしまうのは

そういう事象を引き起こしたくて

引き起こしたくて仕方がないのでしょうか


一度言ってしまったものだから

ハズレないようにしないといけないとばかりに

言い続けてしまうのでしょうか


そう思っている人には

ちゃんとやってくるのかもしれません


何も思っていなかったりしている人には

うまくその場をすり抜けて行くのかも知れません


別に無理してそうのような事象を起こそうと

何度も言わなくてもよいと思います


関係ある人には関係ある

関係ない人には関係ないのですから



私たち人間はとても影響されやすいのでしょう

しっかり地に足をつけているつもりでも

なかなかどうして

浮ついてしまったり

取り乱してしまったりするようです

これには私もそうですが

自分自身ではなかなか気づきません



そのようなときは

みんながお互いを

気遣い、啓発し合うことが

大切なのかもしれません
昔、TBSで「そこが知りたい」という番組があった

多分その番組だっただろう

記憶なので間違っていたらご容赦ください


地方から上京し

お茶の水女子大に通っている

女の子の取材シーンだった


その暮らしぶりは質素で

当時の景気のよい時代や

女子大生というキーワードの華やかさとは

とても対照的だった


彼女の日常生活の中で

目をやりながらもいつも素通りしてしまう甘味処

いつも食べたいと思っていたそうだ


彼女の生活ぶりを取材していた

リポーターがそれならばということで

かき氷をご馳走してあげたのです


彼女の目の前にあるかき氷

そのかき氷を目の前に

堰を切ったように泣き出したのです

とにかく、衝撃的なシーンだった


とてもつらい生活だったのだろうか

かき氷なんて簡単に食べられるじゃん

なんて思っていないのです


今、もし

お会いできる方がいるとすれば誰にしますか?

と問われたら

僕はかき氷の前で涙したその女性にお会いしたい



一生懸命に生きて、生活して

目の前のことをやってゆく


そのやってゆくことの中には

食べ物を粗末にしない

出された食べ物は残さない

きちんといただく

もちろん自分が買って食べるものも然り


当時、我々には計り知れない

いろいろな心情が入り混じっていたのでしょうが

かき氷を口にして涙する

それくらいに食べ物に対しても

ありがたくいただくことのできる心が肝要なのでしょう