○○○○ってありますか? | ぐるぐるノート 〜 中庸、循環、直観、直感と凸と凹

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その奥の奥の向こう側へ、立体的に☆☆☆なんてことない思いつきをこのぐるぐるノートに書き留めておきます☆☆☆

おんもに出れば、監視カメラ。

お店に入ったって、監視カメラ。

エレベーターに乗ったって、監視カメラ。

車に乗ったって、ナンバーを記録されるカメラが

幹線道路に設置してあったり、

ETCもそうだし、クレジットカードだってそうだし、

たばこの自動販売機だって、

改札口のピッだってそうだろうし、

人間の行動の特性を調べたりすることや

監視することに躍起になっているような気がする。


パソコンだってそうだ。

ウィルス対策というソフトだってそうだし、

携帯電話だってそうだ。

通話履歴や、どこにいるかだった判ってしまう。


なんとかメールやブログやアンケートなんかもそうだけど

人の思想などをチェックする機能があるわけで、

どうしても監視、管理したい人たちっていうのが存在する。




最近、だんだんどうでもよくなってきたのが、

パソコンのウィルス対策ソフト。

バージョンアップや継続するのに疲れてくる。


そこから考え始めたのだけど、


「何か隠すモノありますか?」

このデータ、本当にぶっ飛んでなくなったり

搾取されたところで

どうなのよ?


という感覚だ。



究極的に

アイデンティティだの個だのエゴだのというものが

低くなればなるほど

隠すモノは少なくなってくるのだろうな。


それに加えて、資本主義が無くなれば

隠すモノなんてホント減るだろう。


100年以上前のカラー写真を見たことがある。

それも日本の。

ゴードン・スミスさんという日本好きの方が

ある島の島民を撮影したりしたのだが、

集合写真を見てみると

女性でも上半身裸で胸を隠さないわけだ。

まぁ、海女さんのような仕事だったような気がするから

地域性はもちろんあったのだと思うけど。

でも、もっとびっくりしたのは、

みんな生き生きとしている。

たった100年前の日本なのに。

で、思ったのが、ブラジャーなんてのはいつから着けたんだ?(笑

本当は不要じゃないのか?

本当だったら、混浴だって恥ずかしがらずに入れるんじゃないのか?

っていうこともあるのだが・・・笑


やっぱり、隠すモノなんてある?

っていうことと、


なんだか西洋方式を取り入れることは悪くないし、

その恩恵はたくさんあるのだろうけど、

塀で囲って、硬い壁つくって、石で作る家の方式じゃ

基本的に、侵略から守る、隠すという観点だろうから、

垣根の無い、やわらかい家とでも言うべきか

そんな方式の日本には硬い家は必要だったのだろうか?

いろいろな国の文化を取り入れるのは良いのだけど

それにどっぷりはまっているような気がする。

ここまで来て、本当にそれが望ましく且つ有意義なことであろうか?


こういうひっかかりが今の自分にある。


今度さ、監視カメラがあったら、

そういうカメラの前で

セルフ美人時計やっちゃえ!(笑

監視カメラの役目が変わっちゃうよ、多分。

家電量販店の監視カメラに向かって

領収書見せ付けて

こんなに買っているんだぞ!ってアピールしてやれっ(笑


監視カメラの前で美人時計やる人が増えたら面白いと思う。


これだけカメラで監視されたり、

行動をチェックされたりしていると、

どうだ、俺を見ろ!なんていう感覚になる。


美人時計ごっこやったり、

ピースサインしてみたり、

監視カメラの前でパフォーマンスすることも

個を表現するツールになり得るけど、

そもそもそんなもの自体、不要な世界が

昔の日本には多く存在していたんじゃないかな。


西洋文化を学んだところで、なんとなくだが、

いままで、隠すモノを作らせるために

いろいろな環境を作られたような気がする。

実は大して隠すモノなんかないんだろうな、日本って。

しかも知らなくても良いようなことまで

今の時代は知り得てしまうし。

まさに情報を捨てる次元まで来ているのだろう。

ということは、また隠すモノが減る時代が来るんじゃないかな。


ビジネスだって、隠さないことでうまくいく仕事ってたくさんあると思う。


僕らの世代は西洋スタイルを真似して経験したのだろうから

そろそろ原点に近い回帰を行ってもいいのだろう。



隠すものってありますか?