きょうの独り糸でんわ ~コメントレシーブ | ぐるぐるノート 〜 中庸、循環、直観、直感と凸と凹

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その奥の奥の向こう側へ、立体的に☆☆☆なんてことない思いつきをこのぐるぐるノートに書き留めておきます☆☆☆

コメント書いていたら長くなってしまったので、

読み難いかと思い、ブログとしてアップしました。

あしからず・・・




毎々格別の御引き立て賜り厚く御礼申し上げます。・・・笑

私も「国家の品格」 ピピっと反応しましたが、実は未読です。
今度読んでみようと思います。

自分の国を語れない⇒自分の会社を語れない(愚痴を語るのではなく)
確かに多いですよね。

日本では現在「親方日の丸」が存在しない現状ですからね。
何か明確な統一・意思というものが無い故かもしれません。


 例えば、悪例ですが、昔「戦争に勝つこと」、そして
 「もはや戦後ではない」と掲げ、それに向けて
 みんな一所懸命だったこと。
 戦争はNGですが、実例として。


じゃあ、今の親方日の丸的って何?と言われると、
価値観が多様化しすぎて明言できません。

今の私が考えるには、「教育」かと考えます。
普遍的な意味で子供だけでなく、大人も「教育」です。


また、向き合って話すことが本当にできなくなってきていると思います。

・メールでやり取りすれば足りると誤解している。
・携帯メールでやり取りすれば深く相互認識できると誤解している。
 特に携帯メールは当たり障りの無い内容がメインなので、

 ぶつかり合わない⇒それを避ける傾向にある

 (はじめからけんか腰ではないでしょうけど・・・)。

価値観が多様化し過ぎているからこそ、
強く語りたがらない、逆に平均化していたい、
と思ってしまうのでしょうか・・・。

自分の会社のいいところを語れない社員は
どこの会社に言っても「語れない」と思います。

転職したとしても、そういう目で見てしまうのではないでしょうか?

我々は採用する側として、そういう人物かどうか
ある程度見極めなければいけないですね。
とても難しいことでしょうけど。

あっ、今思いましたけど、
人生、生きていて、問題意識が明確になってくれば、
語ってくれる人も多くなるのではないでしょうか?

だから、いちいち憂いでもしょうがないのかも。

いつか語れる素養が身に付くのでしょう、かく言う私にも。

長文にて大変失礼しました。

これ、長文なので、ブログ掲載したほうがよさそうですね(笑。