仔羊の讃えうたは -10ページ目

仔羊の讃えうたは

キリスト教に獄中回心した、元・前科者の拙き者です。
獄中回心記を主に、日常生活の中で自分と闘う、人に優しいブログにしたいと思います。
どうぞよろしくお願いいたします。

「人は変われるの?」

良くそんな言葉が聞かれます。

 

私自身、そう聞かれると時を待たずに応えます。

「変われます。」 と。

 

ただし、余程の覚悟がないと変われはしません。

 

人はあらゆる困難と試練に立ち向かう勇気を持ち、挫折し涙することがあっても、立ち上がる力が無ければ変われないのです。

 

私はキリスト者として回心させられたので、聖書に学んだものが多く、聖書の言葉を多く用いますので、その点ご了承ください。

 

私自身が、その暗澹たる日々(刑務所)のなかで書いた文章を、これからブログとして掲げて行きます。

私の文章を、全ての読まれた方々に理解されたいという思いはありません。

1000人読まれたら、一人の方の。

10000人読まれても一人の方の。

暗い心の闇を照らす灯になれたら、それで十分です。

 

暗闇の混沌たる日々のなかでこそ、 灯りは、そこにともるものです。

 

 


 

「自分を変えるには」   平成15年2月 拘置所 独居室にて

 

イエスはシモンに目を留めて言われた。「あなたはヨハネの子シモンです。あなたをケパ(訳すとペテロ)と呼ぶことにします。

ヨハネによる福音書 1-42

 

自分を変えるには先ず、このみ言葉が訓える通り、先ず自分が、ヨハネの子 シモンであることを受け止めることから始まります。

この世に生を受けた時からすでに私たちを有形・無形の形で束縛している血統・体質・気質的な素因を ヨハネの子・シモンに指しているのではないでしょうか。

ペテロの場合、それは小心・せっかち・利己主義など、神さまの御前に相応しくない欠点が有ったと同様に、私たちにおいては、それぞれに思い知っている欠点の多い自分の姿を受け入れなければなりません。

 

イエスは、ご自身の民として私たちを選び分けたるとき、まず、その人のありのままの姿を明らかにされます。

「ペトロになる」前に「ヨハネの子シモン」であること。受け入れることを求められたのです。

 

自分の真の姿に直面してそれを受け入れないと、決して自分を変えることが出来ません。

 

創世記32章において、ヤボクの渡しでヤコブが夜を徹して神の人と闘った時、彼は同時に、自分自身の本当の姿に直面したに相違ないとおもうのです。

なぜなら、彼はその時「押しのける者」という名前が示すように、自分の狡猾さ・破廉恥さに招いた結果に追い込まれていました。

 

しかし、このことにより、ヤコブは「イスラエル」と変えられて行ったのです。

※エレミア書 31-19 「わたしは背きましたが後悔し思い知らされ、腿を打って悔いました。」

 

 

私たちが神の前に新しくされるのは、

第一に

 自分自身の真なる姿を認めること。

第二に

 その弱いところを神の前に持ち出して闘うこと。

第三に

 神の招きに応じて従うこと。

 

という過程が重要視されます。

 

自らの姿を神の前に晒すことの出来る勇気を持ち、自らを省みる謙虚さと砕かれた心を持たないといけないと私は思います。

 

  

 

 

長年、私には追い続けている夢があります。

世間一般に言わせると、私は「養護施設出身者」であり、「前科者」です。
 
 

 

私にだけでなく、、このような言い方をされる人たちには現代社会のなかで居場所があるでしょうか。

 

一般社会では白い目で観られ、
更生しようと思う時にも、自分がした事でもないことを押し付けられ針小棒大に語られる。
また、好意でしたことを悪意と取られ八方塞がりとなり、自分の落ち着ける場所さえありません。

 

 

かく言う私自身、出所から12年目に入ろうとしているのに、自分の居場所さえないのが本音です。
この12年の間、耐えるに耐えて探しはしたけど、未だ探し出すことも出来ないのが実情ですし、社会はそれ程甘くもありません。

 

でも、私は希望だけは持ち続けて行きたいと思っています。

 

その、希望があるからこそ、数々の難病も克服出来たのでしょう。

 

自分の、自分だけの居場所を探し出すのは、ある意味簡単でしょうが、私にはそれ以上の夢があります。

 

社会の底辺で暮らす、また、私と同じ過去を持つ人たちの居場所を提供できる場所を作ること。

 

それこそ、私が生まれて来た意味が在る場所だと信じています。


 


春の声は未だ遠いですが、この厳しい冬を耐えて行けば、優しい春の風が吹くことを信じています。
社会の風は冷たく寒いですが、私の心は燃え続けています。
今まで何も残せなかった私ですが、私の春は今からだと信じていますから・・