連帯責任って一体何?人生は単純明快のはず。 | 幸せになるための『0.1%の成長』

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わたしにとって、幸せとは何だろう。
わたしは今、幸せなのだろうか。

ふと、そんなことを思った、あなたに読んで頂きたいブログです。

自由と笑顔で幸せな人生を送るための

3402日目の『0.1%の成長』は、

”連帯責任って一体何?人生は単純明快のはず。”です。

それでは始めましょう‼

 

■団体スポーツで大切なことは、

個の力を合わせ一つとなり組織的に戦うことですから、

一人だけ優れた人が居たとしても、

良い結果を生み出すことは極めて難しのは、

言うまでもないでしょう。

 

また、団体競技には個人競技にはない良い所があります。

それは、誰かの失敗を他の誰かがリカバリーできる点です。

皆で力を合わせ、皆で戦う。

決して一人ではないと言う点が、

個人競技にはない所なのですよね。

 

それに、悩んだ時や苦しい時に

助けてくれる仲間がすぐそばに居ることは、

なんとも心強いです。

 

■とは言っても、

同じポジションを競い合う相手がいるでしょうから、

安易に助けてはくれないことも多々あるでしょう。

 

団体競技とは言っても、基本はやぱり個人なのですからね。

 

それでも、チーム全体の最適化を考えたら、

切磋琢磨して競い合うのは悪いことではありませんし、

競い合う仲間が身近にいることで頑張れたりする

そんな場合もあるのです。

 

■そんな団体競技でしばしば問題に成るのが、連帯責任です。

チームの中の一人が何か問題を起こしたら、

それがチーム全体の責任として扱われ、

当事者ではない他のメンバーも責任を取らされるのって、

正しいことなのでしょうか。

 

この点に関しては、賛否両論あるでしょうから、

少し目線を変えて考えてみたいと思います。

 

■団体と言う意味を拡大解釈したら、

個であるはずの私たちだって実は、

約60兆個の細胞が団結し一つの目標に向かって、

団体競技をしているようなものだと思うのです。

 

まぁ、個人としての目標は人それぞれ異なりますから、

そう言う意味からすると、誰かと競い合うものではなく

あなたが決めた目標は、あなたのペースで達成すれば良いのであって、

決して誰かと競り合う必要はありませんから、

その点からしたら競技とは言わないのかも知れません。

 

それでも、一つ一つの細胞が、

それぞれの役割を果たし大きな一つの意識体となって

目標に向かって進んで行くのは、

団体競技に近しいものがあると思うのです。

 

■そこで、連帯責任です。

例えば、体の中にガンが見つかったとしましょう。

ガンは輪を乱しますから、場外に出てもらうしかありません。

そうでなければ、他の細胞がガン化してしまいますからね。

 

では、ガンが見つかったら連帯責任を負わせられて、

体全体が何か罰を受けるのかと言ったら

その様なことはありません。

 

逆に、他の細胞が結束して、

取り除かれたガンの埋め合わせをして、

体を正常な状態に持っていこうとするはずです。

 

■本来、団体競技も体と同じで、

イレギュラーなものが発見されたら、

それを皆でリカバリーすることが必要であり、

連帯責任を取らせてはいけないのでしょうね。

 

体(団体)の一部が何かしらやらかしたら、

痛みを伴うのは仕方のないことです。

それだけでも、十分連帯責任だと言えると思うのですが、

 

もし、どうしても責任を取らなければならないとしたら、

それは、管理者が何らかの責任を取るしかないのでしょうね。

 

■とまぁ、団体競技と細胞の話を強引に引き合わせて

話をしてきましたが、

世の中単純なものでは無いと言う事は重々承知していますので、

単純に答えを出すことは出来ないかも知れません。

 

と言いながら、

本来、物事って本当は単純明快なはずであり、

誤解を恐れずに言ったら、

 

「好きか嫌いか」

「やりたいかやりたくないか」

「楽しいか楽しくないか」

を考えて、だからやる、だからやらない

そんなんで良いと思うのです。

 

複雑に考えたところで、

結局は、先に挙げたどちらかで決めるのですからね。

 

最後まで読んで頂きありがとうございました。

 

 

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