奇麗でありたいか、美しくありたいか | 幸せになるための『0.1%の成長』

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わたしにとって、幸せとは何だろう。
わたしは今、幸せなのだろうか。

ふと、そんなことを思った、あなたに読んで頂きたいブログです。

3175日目の『0.1%の成長』は、

”奇麗でありたいか、美しくありたいか”です。

それでは始めましょう‼

 

■あなたは、奇麗でありたいですか?

それとも、美しくありたいですか?

 

ところで、

奇麗とはどのような状態のことを言うのでしょうか。

 

奇麗とは、見た目がきらびやかで派手な状態であり、

言い換えれば、

外見さえ良ければ、内面は特に問題としない

と言えます。

 

では美しいとは何か。

美しこととは、内面からにじみ出てくる癒し感

と言えるのではないでしょうか。

 

極端なことを言えば、

奇麗はお金で買えるけど、美しいはお金では買えないもの

なのですよね。

 

■豪華な衣装を着ていても、

人に優しく出来ない人は、奇麗かも知れませんが、

決して美しいとは言えません。

 

逆に、庶民的な服装でも、

いつも笑顔を絶やさず愛に満ち溢れている人は、

美しく感じるもの。

 

繰り返しに成りますが、

美しさとは、内面からにじみ出てくる癒しだと思うから

その人のこころが滲み出て来た時、

人は美しくなれます。

 

■美しさが癒し

と言うことに違和感を感じるかも知れません。

 

でも、美しいものを見ると心が落ち着いたりしませんか。

または、こころが無になったりしませんか。

 

美には、人のこころを癒してくれる効果があるのです。

 

■そんな美の代表例は、自然です。

 

自ら着飾ることなど決してないけれど、

一生懸命に生きている姿や、

調和を保とうとする姿や、

ゆっくりと流れる時間の中で自らを委ねている姿に

美しさを感じます、

 

美しさの秘訣は、

そんな自然の中に隠されているのかも知れません。

 

■美は、感じる人によっても違います。

こころが落ち着いていなに時は、

美を感じることは難しいでしょう。

 

こころが落ち着いている時は、

野に咲く一凛の花にも美を感じるものなのですなのよね。

 

■奇麗でありたいか、美しくありたいか。

この問いに、美しくありたいと思った方は、

先ず、こころを落ち着かせ、

身近にある美を感じることから初めてみては如何でしょう。

 

美しくなるためには、

美しい物を美しいと感じなければ、

美しくはなれないのですから。

 

最後まで読んで頂きありがとうございました。