■憎い相手を許しなさい。
と、キリスト教ではこう教えられるそうです。
憎い相手を許す。
これは、とてつもなくハードルが高い行為ですよね。
もし、私は憎い相手を許すことが出来ます。
と言う人が居たとしても、にわかに信じがたいことですし、
仮に、そのように見えたとしても
実際は、つくろっているだけだと思うのです。
なぜなら、
人には、表層の顔と深層の顔があるため、
こころで憎んでいても笑顔で接することが出来る
から。
逆に言うと、
こころの底から人を許すことは、
とてつもなく高いハードルを乗り越えるようなものなのでしょうね。
■そんな憎い相手ですが、
本当に憎い相手とは誰なのでしょう。
目の前に居る嫌な人々なのか。
当然、客観的に見たら自分以外の誰かと言うことに成りますが、
もしかしたら、
憎い相手とは自分のことなのかも知れません。
小さなことにくよくよする自分
いつまでも根に持つ自分
思いやりのない自分
身勝手な自分
意地汚い自分
そんな自分を許す行為が、実は憎い相手を許すこと
なのかも知れません。
■あなたの周り嫌な人ばかりだとしたら、
自分の嫌なところを見直しなさいって、
神様に言われているのかも知れませんね。
自分の周りを見渡してみてください。
許せない人は何人いますか?
それは、全てあなた自身なのかも知れません。
と自分に言い聞かせ、
謙虚に自分らしく生きて行きたいと思っています。
最後まで読んで頂きありがとうございました。
【お知らせ】
昔のブログ記事をリニューアルしてメルマガ配信しています。
よろしければ、登録してください。
購読(無料)登録はこちらから
http://www.mag2.com/m/0001619300.html
No.1953