■自分は、何のために生きているのか。
それは、
何かが、あなたを待っている
誰かが、あなたを待っている
のであるのなら、
人生に対して何を問うのでしょうか。
この問いに対して、
夜と霧の著者であるフランクはこう言っています。
「われわれが人生の意味を問うのではなくて、
われわれ自身が問われた者として体験されるのである」
人生の意味を問うのではなく、
人生から問われている。
■正直、分かるような分からないような気がしませんか。
この問いに関しては、
フランク曰くコペルニクス的な発想の転換が必要なのだそうです。
ご存じの通り、
コペルニクスは、当時常識だった天動説は間違いで、
正しくは、地動説だと言った人です。
この考え方は、画期的ではありましたが、
180度違う考え方をすると言う意味からすると
当時としては、受け入れがたい難い考え方ですよね。
人生から問われる。
と言う発想の転換も、
天動説から地動説に考え方を変えるくらいのインパクトがありますよね。
自分で作り上げる人生なのですから、
人生から問われると言われても分かりにくいもの。
■でも、こう考えると分かり易いのではないでしょう。
生活をしていると色々なことがあります。
楽しいこともあれば、辛いこともあるし
嬉しいこともあれば、悲しいこともある。
その一つ一つは、自分が引き起こした事実かも知れませんが、
全て、自分に対する問いかけと言えます。
無意識のうちに自分で自分に対して、
課題を出していると言ってよいでしょう。
課題は、回避することなく解決していく必要があります。
ですから、
その課題を一つ一つクリアしていくことが人生なのかも知れません。
課題とは、
自分の為の課題であったり、
他人の為で課題であったり、
多くの人の課題であったりします。
■人生は、常に課題をあなたに出している。
その一つが、
何かが、あなたを待っている
誰かが、あなたを待っている
ことなのかも知れません。
人生に問うのではなく、人生から問われる
如何でしょうか。
特に辛い時があったとき、
生き方を人生から問われてるのかも知れませんね
最後まで読んで頂きありがとうございました。
【お知らせ】
昔のブログ記事をリニューアルしてメルマガ配信しています。
よろしければ、登録してください。
購読(無料)登録はこちらから
http://www.mag2.com/m/0001619300.html
No.2068