感受性の豊かな人が頑丈な人より生きのびた | 幸せになるための『0.1%の成長』

幸せになるための『0.1%の成長』

わたしにとって、幸せとは何だろう。
わたしは今、幸せなのだろうか。

ふと、そんなことを思った、あなたに読んで頂きたいブログです。

■「夜と霧」
原題「強制収容所におけるある心理学者の体験」
を再読しました。
正確に言うと、解説書なのですけどね。

「夜と霧」は、第二次世界大戦中に
ユダヤ人であると言う理由だけで、強制収容所に入れられ、
過酷な環境の中、強制労働を強いられ、
いつ殺されるか分からない極限状態を
心理学者の立場から書いた本です。

今回は、この本から改めて感じたことを
紹介させて頂きます。

■まず、人間は、極限状態に陥ると
”無感動”・”無感覚”・”無関心”
になると書いてありました。

自由と言うものが、殆どない時間のなかで、
いつ殺されるか分からない状態にいると
平常心で居られる人は、殆どいなかったのでしょう。

ですから、生き延びるための自己防衛反応として、
”無感動”・”無感覚”・”無関心”
は、必然的に起きた行為なのかも知れません。

■自分も日常生活の中でも同様のことを経験したことはあります。
とは言っても、極限状態になったわけではありませんよ。

それに同様の経験と言っても、
”無感覚”になることで現実逃避をしていただけなのでしょう。

ただ、この感覚も一瞬のこと。
継続して無感覚になることはありません。
もし、そんな状態になったら大変なことですからね。

■人が生きて行く上で守らなければならないものは、
沢山あると思いますが、先ずは自分自身が存在しなければ、
生き続けることは出来ません。

その為には、心と体を健康な状態に保つ必要があります。

例えるなら、
水を入れたコップみたいなもの。

水をある形に保つためには、コップが必要です。
当然、何も入っていないコップだけでは意味がありません。

■コップに水を入れた状態を、
体に心が宿っているとしましょう。

当然、頑丈なコップの方が安全ですが、
どんなに頑丈なコップでも外的ストレスには限界があります。

それと同様で、人間の体も頑丈のようで意外ともろいもの。

そんなことを、
「感受性の豊かな人が頑丈な人より生きのびた」
と著書に書いてあった言葉から感じました。

■逆に言うと、
精神バランスが崩れると人は、どんなに頑丈な体を
持っていても生きて行くことは出来ないのですよね。

感受性豊かな心にするためには、
何者にも支配されない豊かな発想と
強くてしなやかな志を常に持つことであり、

そして、
希望を忘れないことなのかも知れませんね。


最後まで読んで頂きありがとうございました。

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