Netflixのドラマ「イカゲーム」で、世界中で一躍有名になった遊びだが、ドラマの冒頭部分にこの遊びについての解説がある。
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ドラマの中でこの遊びの場面が登場するのは、一番最後の6番目のゲーム。本来は子供たちが集団で遊ぶものだが、ドラマでは、幼馴染のアジョッシが二人で対決する設定なので、地面に描かれている「イカ」以外には、ほとんどイカ遊びっぽくない。
「イカ遊び」については、1995年に光州広域市立民俗博物館が編纂した『光州의 民俗놀이(光州の民俗遊び)』にこのような記載がある。

25. イカ遊び
1.概観
季節に関係なく子供が集まると広い庭や田畑で線を引いてこの遊びをやった。この地域一帯で多くの男女の子供が楽しむ遊びだ。
イカの形をした頭の部分の円の中に攻撃側が入り、イカの胴体部分に守備側が入って遊びが始まる。攻撃側は、くびれた部分を通ってイカの胴体を横切ることができるので、攻撃者はイカの凹んだところで守備側と攻防戦をやって、ここを通過する。
通過した攻撃者は、下の入り口部分で様子をうかがい、守備側が少なくなったところで突撃してイカの頭部の三角形に足を踏み入れると勝ったことになる。
2.遊び方
じゃんけんで勝った方が円の中に入って攻撃し、負けた方がイカの中に入って守備をする。
攻撃側も守備側も、イカの外では片足で移動しなければならない。くびれた部分を渡り切ると内・外に関係なく両足で動くことができ、片足よりも攻撃がしやすくなる。守備側をほとんど死なせて、チャンスを見計らって入り口からイカの中に入り、'突撃'しながらイカの頭と円とが重なっている三角形の部分を「ジン」と言って踏むと勝ちになる。突撃を試みて一人でも成功すれば、死んでいた仲間がみな生き返って再び遊びが始まる。イカのくびれた部分を通過しようとすると守備側が押したり引いたりするので、それをかわしながら通過しなければならない。このときに死んでしまうことが多く、味方が全滅すると攻守が交代して攻撃と守備が入れ替わって遊びが続けられる。
ドラマの冒頭のルール説明とほぼ同じ。ただ、くびれた部分を通過して両足で動けるようになると、「暗行御史(アメンオサ)」と宣言するというのは、ここには出てこない。また、三角部分を踏んで「マンセー」というのも、光州の調査では「ジン」と叫ぶことになっている。
もう一つ、韓国の国立民俗博物館がネット上にも公開している『韓国民俗大百科事典』「韓国民俗芸術事典 民俗遊び」にも、この「イカ遊び」についての記載がある。
イカ遊びは遊び場に描かれる絵がイカに似ていることから名付けられた。地域によっては「イカ・ガイシャン(오징어 가이샹)」または「イカ・タッカリ(오징어 따까리)」とも呼ぶ。
遊び方のルールは、光州の報告書の説明とほぼ同じ。ただ、最後に攻撃側が攻略する三角の部分は「万歳トン(만세통)」となっているので、ここを踏んで「マンセー」と叫ぶのだろう。ただ、「暗行御史」は出てこない。暗行御史は、国王の直命を受けて、地方長官の不正を暴く監査の任務にあたる官吏で、強力な権限を与えられたという意味で、両足が使えるようになったところで「暗行御史」を宣言することにしたのかも知れない。子供の発案であろう。
この解説の中では、植民地時代に日本から入った遊びだとされている。
この遊びは、普通「イカ・ガイサン(오징어 가이상)」と呼ばれたが、地面に線を描く遊びで「十字ガイセン」「八字ガイセン」などのように「ガイセン(가이생)」や「ガサン(가상)」といわれる遊びが多い。この「ガイサン(가이상)」は日本語の「開戦」に由来する。日本による植民地時代の遊びの名前から来たものだったが、今はほぼ日本由来の痕跡はない。
“日本語の「開戦」に由来する”とあるが、それがどのような遊びなのかは書かれていない。「開戦」という言葉の入った日本の遊びというのをネットで調べると「開戦ドン」というのがある。しかし、イカ遊びとはかなり違う。これは、チーム対抗の陣取りではあるが、じゃんけんで遊ぶもの。ただ、「陣取り」という点では共通性があるが…。
日本の陣取り遊びで、攻撃側と守備側が激しい攻防戦を繰り広げるものといえば「にくだん」というのが一番それに近いだろう。
円の内側に守備側が入り、攻撃側は外側の部分を回る。島の部分には、攻・守いずれもが渡れる。攻撃側は線の外に出されるか、内側に引き込まれると死ぬ。ただ、共通しているのは攻防戦をやることだけで、遊び場の描き方やルールはかなり違う。
ネットで検索すると、「にくだん」を「がいせん」と呼んでいたというブログがあった。このブログにある小豆島の例以外のものは見つからないが、「がいせん」と呼ばれた陣取り遊びが日本にあったことは事実。だからといって、これが「가이상(カイサン)」「가이생(カイセン)」となったとか、イカ遊びとつながりがあるとは言えないが、可能性の一つではある。
植民地時代に、朝鮮の子供たちの様々な遊びに、日本の子供の遊びが影響を与えていたことについては、秋月孝久「朝鮮児童の遊戯(『国民文学』1942年11月)に言及がある。
陣取りゲームについては言及されていないのだが、石蹴りについて次のような記述がある。
石を用うる遊戯について調べてみると、此処でも朝鮮と内地とは非常によく似ている。
殊に朝鮮で「碑石打ち」と書いてピザンチギという石打ち遊びは、大分県で「尊氏の塔倒し」とよび、山口県などの「石けつちり」の規則と比べてみると、よくもこんなに似たものだと驚く程似かよっている。石を肩や背や頭にのせて行って当てるのがそっくりそのままである。
宝取りといわれるものも、朝鮮で「石取」「俵取」という名で呼ばれていて、内地では「玉取」「陣取」といわれ、相手の陣に入って宝にしてある石を持って来る遊びである。
一般に石けりと言っても、種類は随分沢山あって、規則も千差万別である。大ざっぱに分けると大体付図の様に四通りになる。
(一)は丸跳型で、小さな円を描いてそれを跳んで遊ぶ。内地の何処にでもあり、朝鮮でもよく遊んでいるから大方想像がおつきになるであろう。
(二)は角石けり型と名づける。これは四角が基本型で、部屋がふえたり、跳び方が複雑になるから難しくなる。これも内地にも朝鮮にもある普及版で、少し子供を見ている人は誰でも知っている。
(三)は渦巻のものが多いのだが、円形石けり型と呼んでおこう。渦巻き石けり、蝸牛石けりと内地で言われるもので、朝鮮ではトングルラミサラゲッキと呼んでいる。これも内地でやっているし、朝鮮でもよく路上に遊んでしまったトングルラミが残っている。
(四)に登場するものは、内地では見られないから、私はこれを「朝鮮石けり」と命名する。この特徴をあげると、右から左の方へ蹴って行く場合と左から右に蹴って行く場合と両方あるが、どちらも、(イ)の所が上の例の如く点数で、(ハ)から蹴って、(イ)に入れて、その点数を採点する。点数は中央が最高点であればいいので、別に統一があるわけではない。中央が萬点なら周囲は九千点、八千点、七千点、六千点となっている。これは多分に博打になる傾向が見られるが、慶北の一部ではサバンチギを禁止しているとか言う話を聞いたことがあるので、大人の世界から子供の方に移った遊びではなかろうかと思う。
(ロ)という所は、石が入ってはならない所である。此処に入ると、始めから出直さなくてはならない。そういう意味で真に恐ろしい場所で、はまり込む、とか、落ちこむという言葉がしっくりする場所である。
ここの(四)については、「内地にはみられない」というのだから、朝鮮で独自的に創作・発展したものというべきものであろう。さらに、
この入ってはならぬ場所を子供たちは何と呼んでいるかを少しく調べてみよう。
キーサンチップ、キーサンボというのが中々ある。妓生の家、妓生の房というのだそうで、朝鮮の子供も中々隅に置けない。近寄ってはならぬ所、入ったら人生出直さなければならないと考えている。その真相をよくつかんでいる所、どうも子供の命名したものではなさそうな気がするが、案外直観力に秀でている子供の事だからやりかねないかも知れない。同様な意味からであろう、酒場、スリチビ、此処へ入ることを「酒を飲んでいる」と、表現している場合も洪城で拾った。井戸、水の屋と言う時には「ハマッタ」といってはやし立てる。大同江、洛東江もやはり、はまったら大変で、人生出直し所か、今度は馬に生まれるか犬になりかわるかわからない人生の出直しである。
この様に朝鮮石けりは、点数をとることと、落ちこむ部屋を作ってある所が独特な点で、朝鮮色が濃厚に出ていて面白い。
用語的にも「キーサンチップ」「キーサンボ」など、朝鮮の「妓生」が使われている。「暗行御史」などもその種のものではあるまいか。原型は日本からの影響かもしれないが、かなり早い段階で、子供の遊びにおいて、朝鮮独自のルールづくりや、用語の使用があったのではないか。
結局、結論としては「イカ遊び」が日本由来の遊びかどうかよくわからない。ただ、子供の遊びの用語の中には、結構「日本語の残滓」があったようなのだが、遊びとしてはほとんど違うものとして出来上がっていたようにも思える。
そういえば、「片足で進む」ことを光州の調査報告には「깸발(ケムバル)」と書かれてる。ドラマ「イカゲーム」では「깽깽이 발(ケンケンイバル)」。これって日本語の「けんけん」に由来するのかも… と思うのだが、確証はない。韓国でも若干の論争があるようだが…


