アパレル残酷物語(第七話)
昨年末、Facebookに投稿した記事です。
Nさんはインポートバイイングもブランド企画もオールマイティーにこなせる方。
そんなNさんが言っていたのは「もしYさんがいなかったらこのプロジェクトには参加しなかったよ」
やはり彼もYさんに一目置くひとりでした。
そんなNさん、Yさんとは真逆で細かいことはあまり言わない。とにかく何でも自分でやってみろというタイプ。
営業か企画かと微妙な立場だった僕はNさんのもとで企画生産をやることになります。
とは言え紳士服の店頭売りしか経験のない僕には、何が何やらわからない。
ここでも超ベテランのパターンナーさんに鍛えられます。「あんたといると疲れるわ」とか「アホ!そんなんあかん!」とか・・
それだけでなく外注工場へ行ってもそこの専務から「あんたみたいなのとは仕事ではできない!」
輸入生地のエージェントの社長さんからは「そんな肝っ玉の小さいオーダーの仕方じゃ成功せえへんで」とか
Nさんは横で聴いていても何も言わない。これがNさん流でした。
そしてAブランドが立ち上がって2年目の11月にはヨーロッパへ出張してこいとのこと。
それもフライトとかホテルのブッキングとかも自分でやれとのこと。ツアーでグアムに遊びに行ったことしかないのに・・・・
これまたNさん流か・・・
そして初めてのヨーロッパ、同行するのはデザイナーのTさん。
当時はまだダイレクトフライトはなく、北回りはアンカレッジ経由の長旅。
そしてこの初めてのロンドンでの出来事が今につながるのです・・・・続く(と書きましがどうなることやら)
