アパレル時代
アパレル時代・・・婦人服を約25年担当・・・まずは生産仕入れ業務、次は企画MD、そして事業部長、
退職前は企画部長。
色々な経験がありました。育てたブランドが大手企業に乗っ取られたり、業績が悪く上司、スタッフ全員が
クビになったり、おかげで一人で企画生産をやれと言われたり、営業経験がないのに事業部長にされたり
・・・・・・・
一人でやれと言われたときは、会社は婦人事業を潰すつもりだったと思います。
その時思ったのは、どうせ潰されるのなら思い切ってやってやろうと・・・・
一番信頼の置けるパターンナーさんにお願いして残ってもらい、すでに人員整理で何年か前に
辞めていたこれまた信頼の置けるデザイナーの方にアルバイトできてもらって、企画を白紙にして
わずか3人で再スタート・・・・・
それまではカリスマ的な企画部長がいたため、営業、バイヤーの方から展示会であまりコメントを
もらうことがなかったのですが、若い僕ならということで、特に多くの百貨店バイヤーから痛烈な
意見。中にはこんな企画ならやめるよっていう辛辣な意見も・・・
でもこれが良かった。ブランドに対する方向性が明確になりました。
次シーズン、大幅に企画変更し、それが大当たり、事業部長になったのを機に、信頼のおけない
東京の営業部長を辞めさせ、大阪にいた先輩でしたが、信頼の置ける方に東京に行ってもらいました。
この人事も大成功・・・寸断されていた多くの百貨店とのパイプもしっかりでき、
なんとか事業部として生き残れることとなりました。
そのあと先輩の営業部長に事業部長の席を譲り、そのあとは企画に専念・・・
その後、経営者の交代とかがあり、方向性も合わず、辞めることに・・・
でもこの事業部で共に生き延びてきた、スタッフの人たちは今でも僕の宝物です。
彼らがいなければ今の僕はありません。
一緒に苦労してきたスタッフ大半の方が、今もなお店に顔を出してくれます。

