(当時の心境です。愚痴っぽい話が続きます。お許しください)
息子の合格を祈って信じていたかつての心と、いざ不合格になった心のギャップがありすぎて、思い出すと辛い。
不合格になった高校に関することは見たくないし、あの時の心境が連想されるものには触れたくない。一つの、心的外傷だ。
晴れがましい入学式の風景は、辛いですね。 桜の花を見てももの悲しいです。
わが子を愛する気持ちは少しも変わらないし、ましてや不合格になったことを、情けないとか、責めるとか、そういう気持ちは微塵もないけれど。
だから、このみじめで悲しい気持ちは、わが子に向けられたものではなく、私自身の心の問題なのだ。 願っても得られなかった辛さ、思えば今まであんまり経験したことがなかった。 受けた高校、大学はすべて受かって、結婚もできて、子どもにも当たり前のように恵まれて。 それなりの努力で手にしてきたという自負はあるし、石橋を叩いて渡るような性格面の結果でもあったけれど、 こういう気持ちになるんだな、、と、ものすごく人生勉強をさせてもらっている。
(この後の人生、こんなの大したことではなかったなと思える波乱万丈がまだまだ続くことを、当時の私はまだ知らないのでした)
↓もっちりした泡がすごくいいです


