コロナで休校中の高2の息子、今日もいつもの時間割で自宅学習をしています。

学校からの課題も一区入り分まで終わって明々後日締め切りの分は、今日郵送しました。今日の「めんどくさいグチり指数」は、50%といったところでしょうか。あまりにもひどいと私も病みそうなのでそうなったら勉強をやめさせようかと思っているのですが、今日はそこまでひどくありません。 

 

息子が勉強し、その隣の部屋で私は作業していたのですが、リビングからテレビの音が聞こえてきました。普段はテレビはついていないことが多いのですが、娘が見ていたのです。 地元ローカルの放送局で、息子が落ちた高校の話題が流れてきました。「○○高校ではオンライン授業の取り組みが始まりました」という内容です。今まで、テレビでその高校の話題を目にしたことも無かったので、ドキッとしました。 そして私の胸はまたしてもうずきました。

 

さらには、息子の高校とは差を感じてしまうような内容です。私は少し辛くなって、テレビを消してほしかったのですが、息子はどんな気持ちで聞いているのだろう?(勉強しながら聞こえてくるドラマの話も追える息子です。絶対聞いています)と思い、今ここで私が「消して」というのもよくないような気がして、聞こえていないふりをしました。息子も何も言いませんでした。 

 

私が辛いのは、あのときの息子の姿を思い出すから。今は立ち直って元気に見えるけど、心には深い傷を負っているはずです。実は受験前、どこを受けるか話し合ったとき、「受けたいけど、落ちたら立ち直れないかも知れない」と言ったので、落ちてもいいからチャレンジ、ではなく、学校の先生との懇談で厳しいと言われたらやめて下げようという話になったのです。 ところが学校の先生からはむしろ背中を押されるようなことを言われ、受けることになりました。それでも結果落ちてしまいました。もちろん受験なので不合格になることはあるのですから、あのときあのように言ってくださった先生には感謝しこそすれ何の恨みもありません。

 

しかし落ちてしまったので、息子の「立ち直れないかも知れない」の言葉が蘇ってきて、あのときは本当に心配しました。今は結果を受け入れて親子とも元気です。それでもあのときの息子の様子は忘れられませんし、今でもこうして折にふれて胸がうずきます。私が知らなかっただけで、受験とは、親心とは、そういうものなのでしょう。