私は、息子も娘も帝王切開で出産し、母乳育児でした。(自然分娩がいいとか母乳育児がいいとかミルクがどうのとか、こだわりは全くありません。大変さは一緒です)
産まれた時、我が子の体、パーツの全ては自分から出来たもので、物としては分身みたいな物です。こんな不思議なことがあるのかと思いました。さらに完全母乳だと、しばらくそれは続きます。栄養も、水分も、全て私の母乳だけで生きているのです。我が子の、よだれも、排泄物も、伸びた髪も、爪も、皮膚も、全部私の体から出来た物。
でも、当たり前ですが、離乳食から始まって、固形食へと、栄養は私から離れていく。100%私頼りだった子が、少しずつ離れていき、最後は自分の力で(助けを借りないという意味ではないですよ)、別個の、人格として、独立していくんですね。
ここからが本題です。
先日、あるツイートが流れてきました。アカウントは◯◯◯◯という自虐的な名前。どうやら受験が上手くいかなかったご自身に苛立って自分のことを罵っていらっしゃるようです。そうですよね、そうやってどこかに吐き出せばいいよね、と思いながら見ていました。
割と激しい言葉遣いだったので、どんな経緯かなと少し辿ってみたら、ご本人じゃなかったんです。保護者の方だったのです。「受験しました」「◯合格でした」…「◯◯はできましたが◯◯はできませんでした」等々、主語が全て省かれているので、ご本人だと思ったのです。たまに、ブログでもあります。受験生ご本人が書いていると思っていたら親御さんだったという。
我が子の全てが我がごとになる、その感覚はわかります。でも、そうすると、アカウント名の◯◯◯◯という蔑称。自分のことなら自虐でよいと思うのです。我が子を◯◯◯◯呼ばわりして蔑んで嘆くのはどうなんだろう。赤ちゃんならまだしも、もう中学生なら別人格だと思うのです。
私は巷でよく言われる、「課題の分離」という言葉は個人的には嫌いです。多分それは正しいと思うのですが、解釈のされ方が、特性のある子には合わないと思うからです。でも、「人格の分離」は必要だと思っています。私もつい境界がなくなりそうになる時がありますが、ブログでも、「息子は」「娘は」と意識して書くようにしています。
