娘は転学先の高校で有難いことに奨学生にしていただいたのですが、私は実はこれは失敗だったかな‥と勝手に思っていました。

 

なぜなら奨学生になると当然そうでない場合より負担が増えるからです。娘の高校の場合は担任の先生との面談の他に奨学生担当の先生との面談が増えますし、奨学生が入らなくてはならないコミュニティがあってそちらのテストや企画や交流に参加しなくてはなりません。

 

もう私は、いい加減教になってしまっているので、娘の小さなため息を聞くたびに、転学前の憂鬱な様子に比べたらずっと軽いものなのですが、敏感になってしまっている私は、娘から相談されると「もういいやん、やめたらいいやん、できんならできんでいいやん」って言ってしまうのです。

 

でも、娘はそういう言葉が欲しいんじゃないんですね。この前気付きました。娘は、新しい環境で、新しいことに、自分にとってはちょっと高いハードルであっても「これを乗り越えたい」と思っていたんです。それゆえの愚痴だったり弱音だったりするのに私が先走ってもっと弱気になるのは、嫌がっているのにやらせようとするのと同じですね。娘の本心がわかっていなかった。

 

娘は娘なりに奨学生であることの責任を果たそうとしていたのです。過剰な重荷になってしまってはいけませんが、私は娘ができることとできないことの折り合いをうまくつけながらやっていけるように、もう少しサポートしようと思います。