息子たちが小学生のときに、「夏休みのお家の約束を決めましょう」という宿題がありました。

 

私は即答で「死なない」と答えました。息子たちは「そんなの約束できないよ」と笑いました。約束と言うとおかしいかもしれませんが、どんな素晴らしい約束も、目標も、命あってのものなので、まず前提として死なないで欲しい、できれば約束して欲しいという想いなのです。

 

息子は生まれてすぐの予後が悪く、一度も抱っこできないまま大きな病院に運ばれ2週間入院しました。今の健康そのものの姿からは想像もできない話です。生まれてすぐに我が子が死ぬかもしれないという危機に直面させられたせいで、死ぬかもしれないと言うことが常に頭の片隅にあるような育児でした。

 

この季節になると水難事故の悲しいニュースが入ってきたりします。私は子供たちを川で遊ばせたことがありません。自分自身は小学生のときはお盆におじいちゃんおばあちゃんのところへ行くとその間は毎日川遊びをしていましたが、子供たちにはさせたことがないです。

 

息子が「友達から川へ行こうと誘われたが行っていいか?」ときいてきた時も、もし何かあったら誰が責任をとるのかと、行かせませんでした。(もし私に聞かずに勝手に行って何か起こっていたら?今でもゾッとします)誰も自分が死ぬなんて思わないから川に行くのです。

 

無常の世、私とていつ何が起こるかわからない。心配ばかりの人生、しんどいことの方が多いですが、どのみちいつか終わると思って生きています。でも家族より私が先に死にたいのです。