普通(ここでは多数派を指しています)って、やっぱりいいです。多数が選ぶというのは、これまで多くの人達が作ってきてくれた、この道を行けば楽に(この楽にというのは悩む事が少なくということ)効率的に目指す所に行けるという道です。
娘の道で言えば、進学校と言われる高校です。この高校に入って、普通に勉強についていけば(勉強は楽ではないけれど)、7/8の順位に入っていればどこかの国立大学には入れるのです。レールに乗っていれば。
その高校に、普通に通えていればそうだったんだけれども、もう学校に行けなくなった時点で、普通じゃない状態になったんですね、娘は。悪い意味じゃなくて事実として。理由は勉強についていけないということではなかったのですが、本人の性格、特性、クラスの環境、雰囲気、人間関係の巡り合わせ、色々なタイミング、そういったものが絡み合って行けない程の辛さに膨れ上がってしまった。普通はそこまで辛くはならないからみんな行けてるわけですから。
普通じゃない状態と言っても一過性のもので、いつかは戻るもしくは紛れるのですが、でもその渦中に普通にすぐ戻れるかと言ったら無理で、病気の状態の人にすぐ治れと怒鳴ったところで治らないように。だから最善が無理でも次善を早く探して傷を最小限にしたほうがいいと思いました。(娘の場合は。)
今の高校に執着する気持ち、私にもあったのですが、娘の高校の生徒が制服姿で必死に自転車を漕いで学校に向かっている姿を見てふと思いました。「この子たち(娘の同級生)も2年後には誰も制服着てないんだな」と。たった2年です。2年後には大学生なり他の道なりに進んで、どこの高校かなんて誰も気にしてないでしょう。そう思ったら、今の高校の事を考えるより、今の状況でどうやったら娘が志望している大学進学の夢を叶えられるか、考えた方がいいと思えました。