もう
卒業してから
15年になる
母校の大学祭を訪問

44期に
実行委員をしていたのが
今年は
61期

変わりゆくものと
変わらないもの
当時の
人事や備品の問題も
懐かしくもあり
どこにいっても
付き纏うものがある

当時
自分のつくった
備品置場の棚が
今だに使われていて
うれしい

懐かしい仲間にも会え
会えなかった仲間に
思いを馳せ
互いの子供たちが絡み合い
不思議な感覚である

ただの郷愁でなく
今に繋がるルーツの
再確認である
これから
何か新しいことを
しようと思ったとき
足場になるのは
過去の知識や経験
記憶である

毎日は
ダダモレであっても
確実に
それは蓄積されていく

ソーシャルメディアの
コンテンツを
半永久的に保存するサービスが
始まる

すべてを
記録で残して
さて
いつこれを
見直す時間がとれるのか
疑問もあるが
とっても
おもひでやに近くて
少し
うれしい

人は
デジタル信号だけでは
思い出に
ひたれないのだから
母子手帳が
10年ぶりに改訂され
父親が記載される
という

今まで
なかったのかと
そちらに驚くが
そんなものだろう

残念ながら
父子手帳なるものは
必要がないだろうが
少し寂しい

身体的成長の記録から
成長と関わりの
記憶に
なりえるなあと
自分の手帳をみて
しみじみと感じる

昨日は
新しい公共についての
セミナーに
パネリストとして
参加

青年会議所の
今年の事業について
紹介をしつつ
新しい公共の可能性に触れた

同志社大学新川教授の
話は
わかりやすく新しい公共を
整理していた
事例も
知らないところのもの
でもあった

いろんな縁で
こういう場に参加でき
またその場所でも
いろんな縁をもらえる

そんなご縁に
改めて感謝
日本人の
清潔感は
世界一
なのだろう

いや
潔癖症とでもいうくらい
キレイでいようとする

残念ながら
抵抗力は
かなり落ちるが
そのおかげで
さまざまな道具や設備
サービスが
商売に繋がる

あるものは
便利さから
あるものは
規制から
生活に必需品として
浸透していく

まさに
欲望が
消費を拡大する

世界が
それに向かうのなら
消費される資源との
板挟みにあうのだろう